脉診 (みゃくしん)
小項目 番号 b207
脉診は経絡治療において診察 ・診断の始めから 、治療終了までの指標となります。
経絡治療における 脉診は六部定位脉診で、これには脉状診と 比較脉診があります。
脉診は名称分類として、脉状診(六祖脉)と比較脉診そして、検脉の3つになります。
① 鍼の刺入方法(手法)を定め、主証決定(診断)をする為の脉診。
脉状診と比較脉診の二つの診方より構成されています。
1、脉状診
脉状診の目的は、
- ㈠ 用鍼(ようしん)の選定にあります。
- その患者の脉状に応じて、用(もち)いる針の大小(銀鍼・ステン鍼・番数)を選ぶことです。
- ㈡ 鍼の刺入方法(手法)を定める。
- 刺入の深さ、抜針のタイミング(刺入の時間)、補法の手技・瀉法の手技などです。
脉状診の方法は、
- 浮沈・遅数・虚実の6つの脉を判断する「六祖脉」によって行われます。
- 浮沈は、皮膚面を中心にして決める 。
・六祖脉の表:脉状診の目的と鍼の手法
(参照文:わかりやすい経絡治療(第3版)51頁より。)
-
分類
意味脉の名称 指腹感覚 鍼の種類 鍼の刺入方法 手法浮 沈 脉の深さ浮 脉 皮膚表面上に 脉を感じます
銀鍼1番 鍼は浅く刺します 沈 脉 指を沈めて深い所に 脉を感じます
銀鍼2~3番 鍼はやや深めに刺します 遅 数 脉の速さ遅 脉 ゆっくりとした脉で、
一呼吸に3拍以下の拍動です。冷え(寒)を表します銀鍼2~3番 鍼は留めてゆっくりと行います 数 脉 速い脈で一呼吸に
5拍以上の拍動です。熱 症状を 表します銀鍼1番 素早く刺鍼します 虚 実 脉の
強弱虚 脉 弱い脈、
指を沈めると
つぶれて消える様な脉、
生気の無い脉銀鍼1番 用鍼は細い鍼を使用します
補法の手技で施術します実 脉 硬い脉、
強い脉、
指を突き上げる様な脉ステン鍼1~3番 瀉法の手技で施術します - ・
2、比較脉診
- 四診法(望・聞・問・切)によって情報を集め最終的に 主証決定(診断)を定める事にあります。
- 比較脉診は左右の寸口・関上・尺中の脉を比較して行われます。
- 左右寸関尺六部の脉位において 、左右あるいは陰陽並びに相生・ 相剋関係を十分に比較・ 検討し、配当されている十二経の虚実を判定し、 これによって主証を決めます。。
・ 詳細解説は後述します。
② 治療後即診断をする為の診脉。
これを「検脉」と言います。
- 本治法での一鍼ごとの刺鍼による身体の変化を観察すると共に、脉がどのように変化し、 その後の刺鍼を如何にするかを検討するための脉診を言います。
- この時の脉診は脉状診と比較脉診を適宜必要に応じて行います。
(脉診チャート図)gb11
・
(治療後の検脉と再腹診のチャート図)gb16
(また、脉証腹証一貫性、より再腹診も状況に応じて同時に行います)
・
脈を診る場所。
橈骨動脈と橈側手根屈筋腱の位置。
図gbm30を参照 前腕部、
指の当て方
- 手関節橈骨茎上突起の内側に中指をあて、橈骨動脈の流れを指腹に感じ診る。
- その両側に示指と薬指を添えて脉を診る。
- 示指の当たる部を寸口と言い、
- 左手側、沈めて陰経「心」浮かして陽経「小腸」を診る。
- 右手側、陰経「肺」、陽経「大腸」を診る。
- 中指の当たる部を関上と言い、
- 左手側、陰経「肝」、陽経「胆」を診る。
- 右手側、陰経「脾」、陽経「胃」を診る。
- 薬指の当たる部を尺中と言い、
- 左手側、陰経「腎」、陽経「膀胱」を診る。
- 右手側、陰経「命門:心包」、陽経「三焦」を診る。
- 略して寸(すん)・関(かん)・尺(しゃく)と言います。
- これら一つ一つを脉位と言い、五行と十二の臓腑経絡が配当されています。
- ※ 患者の手首はやや反り加減にして患者の腹部上に軽く置きます。
指の当て方のポイント。
- 軽く優しくゆっくりと指を沈めて最も脉のよく触れる部を「中脉」とします。
- 中脉をとらえたら、さらに沈めて、
- その下側で陰経(陰脉)を診ます。
- また、中脉より浮かせてその上側で陽経(陽脉)を診ます。
- * 陰脉を診る時はあまり強く押して脉の流れを妨げてはならない。
- * 陽脉では脉くから指が離れようとする手前で診る 。
- * 中脉は、寸口はやや軽めに 、尺中はやや重めにし、指の圧のバラ ンス 考慮する。 。
比較脉診 詳細解説
比較脉診の目的は、
- 四診法(望・聞・問・切)によって情報を集め最終的に 主証決定(診断)を定める事にあります。
- 比較脉診は左右の寸口・関上・尺中の脉を比較して行われます。
- 左右寸関尺六部の脉位において 、左右あるいは陰陽並びに相生・ 相剋関係を十分に比較・ 検討し、配当されている十二経の虚実を判定し、 これによって主証を決めます。。
比較脉診をするときの順番
- 左右の寸口を比較する。(心火と肺金の相剋関係を診ている。)
- 左右の関上を比較する。(肝木と脾土の相剋関係を診ている。)
- 左右の尺中を比較する。(腎水と命門:心包を診ている。)
- 右の関上と左の尺中を比較する。(脾土と腎水の相剋関係を診ている。)
- 右の寸口と左の関上を比較する。(肺金と肝木の相剋関係を診ている。)
- 左の寸口と左の尺中を比較する。(心火と腎水の相剋関係を診ている。)
- 相生関係の木火・火土・土金・金水・水木と比較する。
- ※ 比較脉診は五行の相生、相剋と陰陽の差等あらゆる角度か ら脉部を比較するものです 。
- ※ 比較する2か所を沈めて行くと先に脉の形が崩れるものを虚と診ます。
- ※ 陰の脉で一番弱く診える所(虚)を見つけます 。 二番目の(虚)を見つけます 。。
- ※ 脉診は主証決定に最終的な断を下すものですが、
- 主証決定(診断)は症状や腹診等を四診を総合して決めるもので、 こ こでは証は立てない事とします。。
* 陰陽の差とは
- 「陰虚すれば陽実する」、虚の診方は厚みなく、力なく、かすかに触れるのが虚。
- そして広がっている脉のことをいう 。
- 実とは厚みがあり 、硬く強く触れる脉。
*右尺中の命門について、
- 命門は生気が十分にあるか 、 な しかを知るところ 、
- 右尺中は相火であり 、そして命門は腎の陽気と みる。
- 臨床上は心包は心の代行として扱われる 。
・
各脉位における五行及び臓腑経絡の配当表
左手 | 右手 | |||||
五行 | 浮(陽経) | 沈(陰経) | 沈(陰経) | 浮(陽経) | 五行 | |
寸口 | 火 | 小腸経 | 心経 | 肺経 | 大腸経 | 金 |
関上 | 木 | 胆経 | 肝経 | 脾経 | 胃経 | 土 |
尺中 | 水 | 膀胱経 | 腎経 | 命門:心包 | 三焦経 | 相火 |
このように陰経は、平脉(腎水)より五行の相生順序に従い
「腎水平・ 肝木実 ・心火実 ・脾土虚・ 肺金虚」と並ぶ。
このように陰経は、平脉(肺金)より五行の相生順序に従い
「平肺金・ 腎水実 ・肝木実 ・心火虚・ 脾土虚」と並ぶ。
このように陰経は、平脉(心火)より五行の相生順序に従い
「心火平・ 脾土実 ・肺金実 ・腎水虚・ 肝木虚」と並ぶ。
このように陰経は、平脉(肝木)より五行の相生順序に従い
「肝木平・ 心火実 ・脾土実 ・肺金虚・腎水虚」と並ぶ。
脉診 参考コーナー 1・・
難経に於いて六部定位脉診の理論が述べられています。。
※ 一難、
六部定位診(ろくぶじょういしん)を確定した点である。
・
※ 六一難、
六部定位の脉診と言うものが「難経」に於いて完成された事である
・
※ 十八難、
難経に於ける脉診の三部九候について説明しています。
・
※ 五難、
寸関尺を押さえる重さ・深さの比較です。
・
※ 四難、
脉状に於いて浮沈、長短、滑濇の六脉を基本脉と言っている。
浮、長、滑は陽脉であり、沈、短、濇は陰脉であると。
・
※ 四十八、
病気の診察診断方法には三つの分類(①脉診・②病状・③触診)があり、 そこに虚と実のタイプがあります。
それぞれリンクしてご覧ください。
「一難」「六一難」「十八難」「五難」「四難」「四十八難」
・
脉診 参考コーナー 2
脉診の方法。その1: 仰臥位.
① 患者を診台上に仰臥位(仰向け)させ、 心身を平静に保たせ、両足を自然に伸ばした状態で脉診を受けてもらいます。
② 診察者は患者の左側に位置します。
③ 診察の手順、 患者の手首はやや反り加減にして患者の腹部上に軽く置きます
。 脉診の方法 仰臥位 写真 gbm10
脉診の方法。 その2 : 座位.
① 座位では、診察者は患者と向かい合わせになり脉診を受けてもらいます。
② 手掌(手の平)を上に向け、 手関節(手首)を自然に伸ばした状態で、 脉診部位が心臓と同じ高さになるようにします。
脉診の方法 座位 写真 gbm15
脉診の指の当て方 手関節橈骨茎上突起の内側に中指をあて、
橈骨動脈の流れを指腹に感じ診る。
その両側に示指と薬指を添えて脉を診る。
※ 指導者は、手を取り一人ずつ脉診して脉診の時の圧を教える 。
・
脉状診の実践ポイント。
- 脉状診の目的について。
- 1、「脉状診」の目的は、用鍼の選定と鍼の刺入方法(手法)を定める事にあります。
- ※
- 寝台に仰臥する病人が今どの様な病態にあるのか、その脉状を診断する事で、
- この患者に、どの程度の刺鍼術を施すのが一番良いのか、それを知るのが脉状診です。
http://yukkurido.jp/keiro/e1/e104/e216/e216-1/
・
参考・・・・・
人迎脈と橈骨動脈の自己練習。
人迎脈と橈骨動脈の自己練習 (写真図) gbm21
(人迎の脉:人迎穴は喉頭隆起の外方1寸5分、総頚動脈、拍動部に取る。)
【 井上恵理先生のお話より。 】
☆ 脉診練習に良い方法:
左の手を診る場合には、
左手の親指と人指し指で首の人迎の脉を挟み、その脉を診る。
そして右手で左手の脉を診る。・・・
※ 五箇所の脉が一辺に解るように練習する事。
そして、患者の脉を診る時、 六本の指にくる脉を六つに感じそれぞれの虚実を診なくてはならない。
この練習、訓練を実践してこそ、の先に初めて正しいものが解るように成ります。
○ 脉がわかりにくい場合は始めに、腹部の凹凸を診て、その柔らかい所に補法をする。
-参考文1・-
南北経驗醫方大成 井上恵理 先生 講義録 付・臨床質問 表題
《 臨床質問 》 本文 ―p188より。
☆ 脉を診ることは人生の修行である ☆
脉を診ることは人生の修行である。
脉を診る時に一番、重要なことは「心構え」が大切です。
虚心坦懐でなければいけない。
無心にありのままを取る。
何も考えないということです。
今まで聞いたこと診たことを忘れてしまうことです。
考えないと言う事は、何かを考えているのです。
その目標を何に置くかです。 唱え事は、精神統一の一つです。
お経でも良い。
そうすると脉の正常な物が診られる。
左手を診る時は、右手が解る。
訓練すると、診ていない方が診えるのです。
それは無心になるからです。
それには脉位をはっきり決める事、
例えば、中脉に持って行ったらそこで無心の状態に成って、
ソーッと押さえる、押さえ方が自然に、
沈んだり浮いたりに成ると脉がわかって来るのです。
仏教においては、花で目を、香りで臭いを、鉦(かね)で耳の不浄を無くし、
一つの物に集中させるのです。
脉をしっかりとれる人は、精神的にも成長します。
所謂、雑音を聞かせない、自分に素直に考えれば答えは出てくるのです。
治療家は人に成れと言うのがそれです。
脉を診るという事は、唯、単なる診断という事ではなく、
自分の修行として、我々が真剣に取り組んでいる気持ちが尊いのです。
それが、患者に解るのです。
そこから、患者の信頼を得ることができ、
患者の病気の治り方が違ってくるのです。
・
脉診図表の書き込み方法。
Ⅰ、脉診は初めに脉状診を行います。
「脉状診」の目的は、手法(鍼の刺入方法)を定める事にあります。
脉状診(六祖脉)は三分類2パタンの浮沈・遅数・虚実の6つの脉を判断します。
整っていれば「中」を記入します。 脉状診(六祖脉)の書き込み表に該当する脉状の一つを記入します。
Ⅱ、次に比較脉診を行います。
比較脉診は別名を六部定位診(ろくぶじょういしん)とも言います。
脉部の片方を三部、左右で六部、これを陰陽にわけて診ますから十二箇所になります。
脉位、臓腑経絡、配当図)を参照。 ここに十二経絡が一経づつ配当されています。
比較脉診の順番。
比較脉診のルールその1.陰脉(臓)の脉状の「虚・実」を比較をします。
比較脉診のルールその2.陰脉(臓)と陽脉(腑)の脉状の「虚・実」の比較をします。
比較脉診の図表に脉状の虚・実または、(1~5の数字)を記入します。
〇の中には脈の断面図を記入します。 比較脉診の書き込み表 gb51 十二経の脉状が把握されたら、証決定が完成します。
そして、治療のツボが明らかになります。
※ 中級者向け脉診について。。
脉状診(六祖脉)は、
「浮中沈」「遅平数」「虚中実」「滑 ショク」「大小」の脉を判断する。
比較脉診は、陰経の脉状は、虚実、和法で記述する。
陽経の脉状は、虚実、浮実、弦実、枯、堅、塵で記述する。
比較脉診のポイント。
比較脉診のルールその1.
陰脉の脉状の「虚・実」を比較する方法。 c203
五行論 の 相生関係・相剋関係・相剋調和の診方。
(順番は便宜上です) gb61 相生関係図 gb62 脉位 相生 比較図 gb71 相剋関係図 gb72 脉位 相生 比較図 gb81 相剋調和関係図
・
- 参考図書 2・ -
著者:柳下登志夫先生「経絡治療学原論上巻臨床考察‐基礎・診断編」より、
【 】( )は山口一誠の考察文です。
柳下登志夫先生の臨床考察「脉診」
頁:28・平成14年2月 収録から、
【 四診のポイント:患者が来院したら、その人本来の元気で健康な姿をイメージする。】
診断は望・聞・問・切から順を追って、あるいは慣れてくると同時に進められる。
この時、治療家はまず『平人』をシッカリと心に描き、
目の前にいる患者のどこが異なっているかを知ることから始まる。
頁:29・平成14年2月 収録から、
脉診
様様に変動する気を、いち早く正確に反映するのが脉である。
六部定位の脉診は、これを具に伝える陽中の陽的性格を持っているもので、
我々はこれを受取る術を身につけることが必須である。
頁:37・平成14年4月 収録
六部定位の脉診における陰陽の在り方は、全身の状態を知るのに大変役に立つ。
脉状診における浮沈・遅数・虚実はそのまま身体の状態に置き換えて考えられこれを陰陽的解釈によって、
診断から治療に結びつける事ができる。
頁:37・平成14年4月 収録
【 比較脉診と脉位に於ける陰陽の差 】
また比較脉診においても、
五行的見地から各脉位を比較し、証に結びつけるのは勿論、
それに加えて各脉位の陰分と陽分の脉の差を比較し、
陰陽の虚実の在り方から証の判定をする場合もある。
例えば、脾の脉位は五行的には他とあまり差がない、
或いは虚しているように診えても、脾の脉(陰分)と胃の脉(陽分)虚実を観察すると、
脾虚・胃実と、その差が大きい場合は「脾経」の虚と判断して証を立てる。
脉位に於ける陰陽の差は証決定の際かなり役立ち、
また実祭(の臨床でも)治療効果がかなり上がる場合がある。
頁:77・平成15年5月 収録
【 脉診:胆経の脉を診て「実脉」と、口が苦い苦情。】
【 本治法:胆経「実脉」を瀉すと口が苦い苦情が取れる。】
患者の中には口が苦いという人がいるが、
その原因も色々・・・しかし胆経の実によっている場合もかなりある。
病症の検討を始め他の診察も必要だが、胆経の脉が実している場合もかなりある。
胆経もまた精神面に大きく関与し、意思決定と行動力は「胆の腑」の虚実によると言われている。
日常生活は意思決定の連続であり、これに基づく行動によって生活は成り立っている。
《 証に係わらず胆経の脉を観察し、施術方法を凝らすことも必要である。》
頁:79・平成15年6月 収録
【心包の脉状:心包は「心の臓」の邪実を表す、見逃さず、瀉法する。】
また、心包は「心の臓」の邪実を表す場合があり、術者はこれを見逃さず瀉すべきである。
脉状に応じた瀉法は、瀉法思うより卓越した効果を示し害も無いもである。
頁:154・平成17年6月 収録
【診断、総論(四診法):脉診 】
経絡治療においては、脉診の果たす役割は非常に大きく、
また一般には経絡治療といえば、脉診をする鍼灸術と解されている位である。
しかし実際には診察から始まり、治療の終了に至る過程にあっては望聞問切の四診法によってこれが進められ、脉診は切診の一部に位置づけられている。
そして今日我々東洋はり医学会の手中にある脉診は、
病の変化に応じて生まれたもので、それらは総て時代々々における必要性から作り出された鍼灸術、経絡治療の姿である。
【診断、総論(四診法):脉状診 】
脉状は浮沈・遅数・虚実の六祖脉とし、時に硬軟・大小の観点からこれを観察する。
次に脉状の変化と四診法について、その大略を記す。〔刺鍼効果から診た脉診:検脉診察・・〕
浮沈―多くの場合は脉状は沈む。
術者はそれが自分の思うほどで無くても、気が至ったのであるから鍼を去る。
遅数―病によって数脉を呈する場合は勿論〔のこと、〕多くの場合、一鍼によって脉は遅になる。
この時、粗雑な手捌きにならない様な注意が必要である。
脉が遅を示すのは心身ともに生気を得た状態である。
虚実―刺鍼後、脉は衝突的でなく、診指に正実の脉状として触れる。
脉状においても「気の得られた事を知り、鍼を去る」事を忘れて、術者の満足を得る目的で刺鍼してはならないことを重ねて強調しておく。
これは比較脉診の場合も同様である。例えば、肺肝相剋調整を必要とする患者がいる。
この患者は長い間薬物の投与を受けている為、脉が硬化し硬く触れている。この患者の太淵穴に刺鍼すると、肺の脉位は勿論正実となる。
同時に脉全体も大きく変わり、良くなる。次に脾経の太白穴に刺鍼すると、太淵穴の時ほど変化が起こらない。
そして肝経に刺鍼した時も太淵穴の時に起きた様な良変ぶりは起こらない。
そこで脾経・肝経に再刺鍼しよう等と考えてはならない。
そのように成るのが概ねの人の身体の傾向である。術者の至らない為ではない。
この時もまた力んで再挑戦する様な行為はけしてしてはならない。
治療結果の理想像を求める余り、術者の考えに基づいて脉証を作ろうとしては成らない。
そこにいる患者の身体の状態こそ、何にも増して優先されるべきなのである。
「鍼の要は気至って効あり。効の信は風の吹くが如く、明光として蒼天を診るが如し。」
黄帝内経 霊枢 九鍼十二原 七・第五段
理想像にはまだ遠い! しかし何と遣り甲斐のある仕事だろう! ! ・・・・
人はその住む環境に応じて生きている。
〔原発事故による世界的規模での放射能被爆の時代・・〕
今、我々が係わる患者の殆どが現代医療を受けており、身体状況は半世紀の間に大きく変わっている。
これに呼応して、経絡治療もその内容が、患者の身体に合わせて行かなければならなかった。
脉診もそれによって、脉状診・比較脉診―それれは過去において、治療前の診察に重点が置かれていた。
しかし現在は治療後の治療結果を知る診察方法として、その重点が移りつつある―それが我々の手中にある脉診なのである。
頁:157・平成17年7月 収録
脉診
脉診と鍼灸術の手法とは「行動とその結果」(因果一致)〔の世界〕であり、
お釈迦様の「悟り」と全く同様である。
日常生活に例を取れば、脉診は道路に設置されている信号機のような働きをする。
歩行者・自転車・バイク・自動車 それらに相応の指示をする。
そこに成立する交通は安全で安心がもたらされる。
脉診と鍼灸術の手法ははこれに等しい。
頁:160・平成17年9月 収録
【 脉診の原則:四診法による情報の裏づけに基づいて脉診を行う。】
経絡治療専門家は、脉診にのみ溺れることなく、正規の手順を踏んで証決定をする事が望ましい。
先ずは望・聞・問・切より得た四診法による情報の裏づけに基づいて脉診を行う。
【 原則的な診断治療が成功率が最も高く、失敗が少ない、病状悪化が無ければ、
治療家は自信を持って患者を納得させて治療を継続すると→やがて治癒を齎す日が来る。】
〔肺虚証の事例〕難経六十九難の基本脉型を基に、
「木火土金水―肝心脾肺腎―実実虚虚平」
実例 : 肺経脾経の虚・肝経心経の実・腎経は平。
治療法:経絡の状態に応じて肺経脾経を補い、肝経心経を瀉す。
これより推測すると、経絡が三経並んで虚したりする事はないとか、
陰陽論によって陰経とその陽経が共に虚したり実したりすることはないという
原則的な考え方がそこに出てくる。
しかし原則というものの存在は、
これに当て嵌まらないものもあるという証明で、
特に生命現象やその病的状態では原則からはみ出している場合も多くある事は当然である。
何はともあれ、先ず治療に際しては原則的な方法で診察し、断を下す方向でこれを行い、それに応じた治療を施す。
この行為こそ治療の成功率が最も高く、失敗が少ない、
もし成績があまりはかばかしくない様な時でも病状が悪化する様子がみられなければ、
治療家は自信を持って患者を説得し、納得させて治療を継続する→
やがて治癒を齎(もたら)す日が来る。
しかし原則的な方法ではどうにもならない患者に遭遇する場合もある。
脉診による判定も困難であるが、刺鍼後の脉の変化が術者の思惑とは大きく食い違い、病症も変わらず、或いは悪化するとか、新しい病状が現れたりする。このとき術者は心を静め、創意工夫をめぐらす。
もしかしたら、
其の内のひとつがの選択枝が現代医療かもしれない。 迷わず現代医療に任せる。
頁:163・平成17年10月 収録
【脉証腹証一貫性の実際:腹証は刺鍼により側、改善・改悪することを時を待たず観察できる。】
現在でこそ、この腹証は、はっきり捉えられる。
しかし〔東洋はり医学会が〕未だ腹証の判明されていない時点では、
これを明らかにし、腹証を確たるものにする頃には大変な労力を要した。
今日それを思うと我々は何と愚鈍だったのかと苦笑せざるを得ない。
今日腹証は刺鍼により側、改善・改悪するものであり、
しかもそれが諸学者にも又多数の講習生にも時を待たず、等しく観察できるものである。
ただ腹証のみを高く評価しすぎてはいけない。
頁:167・平成17年11月 収録
【脉診:素因脉とは、】
(原論上p365引用より: ③ 素因脉とは、体質脉、固有脉や四季の旺脉、或いは朝・昼・午後・夕方・夜の五刻脉 ― これらの条件の総和が集約されて触れることになり、これを素因脉という。 )
【脉診:生命維持増進に益するものと、害するものとを識別し、更に刺鍼によって、より生理活動を活発にする脉状を作り出す。】
体質脉・固有脉は生理的な脉であり、西洋医学の分野でも患者の年齢や体質そして身体の条件に合わせた脉を理想として、これを目指している。
適例は心臓のペースメーカー そして、〔原論上〕で上げている素因脉は、生活環境によって変わる脉状である。
(原論上p365引用より: しかし実地臨床上は素因脉に、更に内傷外患の邪がこもごも作用し、特定の病状を現わすことになり、これが臨床上の治療の対象となるわけである。)
治療家は、この複雑な脉状より生命維持増進に益するものと、害するものとを識別し、更に刺鍼によって、より生理活動を活発にする脉状を作り出す。
【 肝木体質者の例 】【 証決定の手がかり。】
・素因脉の臨床考察
その方法として「経絡別色体表(縦読み)」を基に考察してみる。
「本文―原論上p164p366辺り」 肝木体質の患者に例をとると、逞(たくま)しく行動し、人情に厚く、世話好き(魂仁)、歯切れのよいテキパキした中音(角音)、常に命令的な口調を発し(呼ぶ)、五畜に例えて鶏の如き活発な動きをする。
解説 ― これを例にとると「人情に厚く、世話好き」「逞(たくま)しく行動する」等は分かりにくい、しかし、脉診しようとすると、患者のほうから手を動かす。かなり病状が重いにも拘らず、歯切れ翌テキパキと喋る。
小さな事も手早く行う、等は術者が気をつけて観察するならば直ぐ分かる。
案外証決定の際の手がかりとなる。
「本文」 病歴としては、常に風証(めまいそして心下満ちる)に侵されやすく、眼・筋・爪等に関する病を患い、血色悪く、その色青く、臭いは臊(そう)=〔あぶら臭い=木の皮をはいだ時に出る臭い〕、味は酸味を好み、呼び叫ぶが如き声を発して涙を流しやすい。怒って拳を握る等の状態を現わす。
【 誤治:肝木体質の患者と誤治症状の見極め=自己の施術との因果関係を常に意識せよ。】
解説 : こうゆう患者の多くは、眩暈を起して、心下満ちるという病症を起し易い。
しかし、これ等の病症は誤治によっても起し易いのである。
施術中、或いは治療後、時間を経てこれ等の病状を訴えられた時には、自己の施術との因果関係をよくよく追って、重なる誤治という羽目に堕ちらないよう十分な注意が必須である。
また眼・筋・爪等に関する病を患い易い。 しかしこれも誤治によって引き起こされる場合も多い。
術者は、須(すべか)らく患者に誤治を気付かれない内にこれを察知し、対応しなければならない。
【 問診:味覚の問診は柔軟且、密なる思考を必要とする。】
味覚は酸味を好むとあるが、この辺りは少し詳しく問診する必要がある。
味の好みはもちろん、経絡の乱れによって変わる時もあるが、味覚は生来備わっている状態に加え、社会環境・親・家族の好み・仕事の環境等々により、頗(すこぶ)る異なる結果を呈するものでる。診察に際しては柔軟且、密なる思考を必要とする。
肝木体質の人は「実すれば怒る、虚すればくよくよと取り越し苦労をする」という面が強調されている。
しかし肝木が実し、世の中が嫌になり、涙を流してただ横になりたいという状態に陥る患者もいる。
観察は鋭く、そして捉えた結果は、原則に当て嵌まらない事もある事実を知っておこう。
「本文」では体質と脉位について論じられているが、これは患者の体を通して得られた治療結果で、我々はこの上に何を加えていくか?・・・→ 理想的脉状診の構築にはげまなければならない。
「本文―原論上p367辺り・難経十三難 にも、」
しかし、かくの如く常に体質と脉位の一致が診られるのであれば問題はないのであるが、病状が進み痼疾難病となるか、或いは初めから劇症、重症を呈するものは、むしろこの体質以外に変動を現すことになる。
特にそれが相剋的に現れるものを難病と診るのである。
頁:171・平成17年12月 収録
【脉診 総論:】
【検脉:加えられた施術の是非を知る有力な方途になっている。】
・脉状診
脉状は人の置かれている環境や周囲の状況によって刻々と変化し、今自分の置かれている場所に適応していく体の状態を現わしている。
それに加えて本人の情動の変化、内傷ともなり得る喜・怒 ・憂・ 思・悲・恐・驚のあり方をも映し出し、また食物の種類、薬物や医療方法の結果によっても、即変わるものである。
術者は、これらの状況を脉状を通して悉(のこさず)に知り、それに応じた処置を取る、脉状については古典でも、そしてつい最近まで、病因・病症そして予後の判定等に用いていたが、現在の我々にとっては、それらの事共より、患者に施す鍼灸術の手技手法の決定、続いて加えられた施術の是非を知る有力な方途になっている。
これも社会の変化、医療制度の改革が齎(もたら)した人の生活、病の在り方からくる結果である。
我々は、この瞬時も止まる事の無い脉状を診して、そこから患者の生命力を強化し、病を癒し、尚一層健康状態を高める為に、如何なる鍼灸術を施せば良いかを求めえらばなければならないのである。
そしてその集約が浮沈・遅数・虚実という脉状として捉えられ、これに応じた鍼灸を加える事によって目的が達せられる事実を、患者の体を通して知り得たのである。
しかしこれは生体実験からではない「何とかしてこの患者の病苦から解放しなければ」と言う一念が実った結果である。
我々は、〔これからも経絡鍼灸の〕治療術の進化を図って行く・・・。
頁:172・平成17年12月 収録
六祖脉 〔浮沈・遅数・虚実〕
我々は、六祖脉を手技・手法と結び付けて臨床に活用している。
浮沈:
浮脉に対しては刺鍼は浅く、
沈脉に対しては深くというのが原則である。
この脉の浮沈を決める規準を何処にするかというのが問題であるが、
筆者は浮沈を決める規準を「皮膚面」を提案したい。
そうする事によって初心者も現在よりも浮沈の脉状が捉え易くなる。
臨床的にも診察・治療そして刺鍼後の脉の状態も明確になる。
遅数:
遅脉に対しての刺鍼は、ゆっくりした手捌きで行い、〔刺鍼の目的は〕冷えを解消させる。
実際には患者が冷えを感じている場合、或いは、術者が局所を触っても体温が低い場合もあり、補法を行っても中々生気が来ない。やはり時間が掛かり、必然的にゆっくりした刺鍼になる。
時には留置鍼も施すが、術者が鍼から手を離した場合と、竜頭を保持している場合とは気の動きが大きく違うのである。
数脉に対しては速手刺しを用いるが、刺鍼時間が短いという事だけではない。
〔速手刺しの注意点〕
手を速く動かすと脉は益々速く、或いは打ち方が乱れてしまい、騒がしい脉状となる。
〔数脉の〕無難な刺し方の例 :
鍼先を押手の中心よりやや穴所に近い所に挟み、静かに接触させる。
刺手は鍼を進め、それと同じ力で接触後一秒以内程度鍼を押し補方の手法で抜鍼する。
〔と〕脉は瞬時に変わり、生気の補われた状態になる。
【 鍉鍼: 逆証悪候、鍉鍼を使用する場合の、柳下先生の治療例。】
(原論上p375引用より:陰病に陽脉を得るとか、陽病に陰脉が現れるなどは悪候である。
例えば、その訴える病症が発熱、頭痛して咳出でて、その脉は「浮、洪、大」なるを順として、「沈遅にして細」は逆証悪候である。
また身体寒え腹張り、足腰痛んで尿痢頻数、その脉「沈遅」なるは順、「浮濇にして数」なるは逆証悪候である。
柳下先生の治療例:訴える病症が発熱、頭痛して咳出でて、「沈遅にして細」は逆証悪候である場合の治療時には、補法には鍉鍼を用いる。
この際用いる鍉鍼は、鍉鍼本来の形をした物を用いる。
つまり鍉鍼の尾部にある玉はある程度大きめの物を用いる。
頁:174・平成18年2月 収録
脉状診
脉状診といえば、七表八裏九道の二十四脉論であろう。
しかし、これとてもその解釈と臨床応用は誠に至難の業で、王叔和(おうしゅくが)が嘆いたように、理論的には理解できるが、さて、脉に指を触れたとき、その様をはっきりと捉える事は難しい。
脉の神様とも評される王叔和でさえしかり、我々凡人には・・・。
しかし治療家としての障壁を乗り越えなくて、何の脉診を駆使した経絡治療の専門家と言えよう。
それならばこれを克服し臨床的に用いられる技術を身に付けなければならないのと共に、脉状診をそれに即したものに作り変えなければならない。
そこで先ず二十四脉論を検証してみたい。
先ず七表八裏の、表裏の境はどこか?言葉を変えると、浮脉と沈脉の境をどこに置くかである。
これについて筆者は「皮膚面」としたらどうかという事をを提唱したい。
その根拠として、浮脉の例を挙げたい。
(原論上p379引用より、七表の脉 : 浮脉 ―― 力のある風邪、浮いて無力は表病。その形は「水にただよう木片の如し、按せばかくれて見えず、挙ぐれば指の腹についてくる」)
ここで用いられている比喩は、水面に浮かぶ木片である、これは脉と「皮膚面」の関係に他ならない。
我々が浮脉と沈脉を判定する際、その基準として用いて適切なものだと考えられる。
【体質脉:本人が病症を訴えていない場合は体質脉として診察する。】
【治療方法:本健康保持増進の施術:浮脉には浅く、沈脉には深く刺鍼する事を目標とする。】
参考(原論上p380引用より: 沈脉:邪、裏にあり、陰実証、気鬱、疼痛、手足冷ゆ。その形は「按せば沈みて強く打ち、浮かめて無きは浮の脉の裏と知れ」)
これは病者の脉状として記載されているが、浮脉にせよ沈脉にせよ本人が病症を訴えていない場合は体質脉として診察する。
そしてこの患者に、健康保持増進の目的で施術しようとする時は、浮脉には浅く、沈脉には深く刺鍼するという事を目標とする。
二十四脉論の内、八裏には遅脉についての記載がある。
それによると、
(原論上p381引用より: 遅:寒を主る、陽虚、裏寒、腎、虚す。その形は「一呼吸に三度以下の遅い脉なり、指を沈めてゆるく尋ねよ」)
遅脉に相対する脉は数脉で、遅脉には刺鍼時にゆっくりと、数脉の時は手早く刺鍼する。
しかし、七表八裏九道の脉の形は、その病原、病因によって引き起こされている病症が現れているが、現在ではそれらに現れた病症は薬物の投与〔等、西洋医療〕によって打ち消され、脉の形も変わる。
現在、我々が遭遇する患者の脉状と病症は過去のものとは聊(いささ)か異なっている事実を踏まえて考え直すべきだと思う。
我々は単純、簡単、一見幼稚とも見られそうな理論でも、経絡鍼灸治療家として確かに役立つ術に繋がる議論が必要なのである。
【脉診:八裏の脉形:濡脉・弱脉これは年齢ではなく老衰を意味する。】
また、濡脉は「やや浮いて力なく、気虚、血虚、老人の脉。・・・」或いは、弱脉には「気血虚損し、骨髄枯れる、衰弱の極み、身のうち痺れ痛む、老人は妨げなし。・・」とあるが、これは年齢ではなく老衰を意味しており、年齢の差はあるが、今日でも遭遇する場合がある。
術を尽くして対処すべきである。
【経絡鍼灸施術・総論:】
【病体の心も身体も脉状も全体の気を総合してその気に合わせた経絡鍼灸術を行うこと】
【術者が捉えられる限りの気の動き等と脉状を考え合わせて、鍼灸の施術に進むべきである。】
脉状は身体の気の動きをいち早く、しかもそのまま反映するものであるが、いざ診断を下し鍼を手にした瞬間、やはり脉状と術者が捉えられる限りの気の動き等を考え合わせて、鍼灸の施術に進むべきである。
頁:177・平成18年3月 収録
柳下臨床考察: 50 脉状診
現在、我々が遭遇する患者の脉状と、昔の治療家が取り扱ったそれとは大きく相違する事は縷々述べてきた。
しかしやはり、古人の残してくれた原則は面々と生きており、それを学ぶ事から始めるべこである。
(原論上p382引用より:九道の脉の: 促脉 :気血、痰、、食ふさがって毒をなす、陰裏に熱を蓄える証なり。
その形は「せわしき中に一止、またまた来りてまたつまずく」)
【術式:促脉に対しての術式は速手刺しである。― 陽的術式の難しさを自覚せよ。】
この促脉に対しての術式は、鍼尖を穴所に接触させ、気を伺い、間を置かず、直ちに左右圧を掛けて鍼を引く。
これが即ち速手刺しである。
このように文字に書くと簡単に聞こえるが、少し修練を要する。
思うように気がと調わない場合があるからだ。それは穴所に鍼尖が触れた時、術者が気を察知する事ができず、ただ鍼を押す事のみに心を奪われて、何の目的で鍼を進めているかを忘れがちになるからである。
陽的術式の難しさである。
(注)陰性は不動にして止まり、陽性は遊動にして止まらず。
(原論上p382引用より:九道の脉の: 虚脉 :陰虚発熱、三焦を補益すべし。その形は「やや浮いて遅く力なし、強く按ぜばなきが如く、軽くして得るなり」)
【術式:虚脉 】
〔虚脉〕これに対しては材質の軟らかい小鍼を用いて、やや浅くゆっくりと施鍼し、生気を導く。
左右圧をしっかり掛けて、押手に用鍼を感じて、素早く鍼を引き、鍼口を閉じる。脉状は正実となる。
(原論上p380引用より:七表の脉の: 実脉:宿食、痼疾、手足つかれ、ものうきことを主る。その形は「按すも挙ぐるも力あり、遅速はなくて太く大きし」)
【術式:実脉 】
実脉の形も種々あるが、基本的には材質の硬い大鍼を用い、穴所に接した鍼を、初めは軽く、次第に強く、そして段々と弱く押す。
その速度は脈拍に従い、この方法を基本として習得し、脉状に対応した用鍼と手法を用いる。
この時注意すべきは、虚体に実脉を打っている場合は、患者の受けている医療の内容にも注意が必要であり、これらを考慮しながら、患者に見合った脉状を「正実」近づける。
次に邪気の処理について書き進める。
(原論上p385引用より: いわゆる虚性の邪と診られる脉状が手に触れる。これは生気が不足しているために実邪と成り得ないのであるから、その処理にあたっては、まず生気を補って後に瀉法をくわえなければならない、即ち補って後瀉す(補中の瀉)の脉がそれであるが・・・)
筆者は、この研究の途上で、より良い脉状を作るには、もう一工夫しなければならない事を主張し続けた。
その点は・・・・
(原論上p386引用より: 次にその手法についてであるが、気は陽にして浅く動きやすいものであるから、該当する経絡の経穴に、1番ないし2番鍼を経に逆らって3ミリ程入れ静かに補い、気の至るを診て指先を締め、パッと鍼を抜き鍼口は閉じず加圧もかけない。これは補って後瀉す、いわいる補中の瀉法である。)
この文中「気の至るを診て指先を締め、パッと鍼を抜き」 この方法は瀉法より補法に近く、実際に行ってみても、邪はゆっくり鍼を引いた方が取れ易い。
もう一箇所「鍼口は閉じず加圧もかけない」 これも数え切れない程の回数、実際に試してみたが、加圧を掛けた時と、掛けなかった時とは明らかに差ができる。
加圧を掛けなかった時の邪の瀉せ具合と脉状は、加圧を掛けた時の邪の瀉せ具合と脉状には遠く及ばない。
筆者は、その技術を研究している仲間にも伝えた。
事情があって、具体的にはちり紙(テイッシュペーパー)一枚、加圧を掛けるべきだと主張した。
瀉法を行う際には、邪気の形に合わせた加圧を掛ける。
脉状に合わせて瀉法を行う為には、瀉法の基本的な手捌きを習得し臨床的活用に備えておく。
頁:180・平成18年4月 収録
51 脉状診 (原論上p389)
【 診断・治療、総論:・弾脉 】
【脉診:】
【手法:弾脉改善の手法】【手技:弾脉改善の手順 】
【誤 治:】
・弾脉
これについては経絡治療学原論にかなり詳しく述べられているので、ここでは省略するが、
総じて言うならば、
①簡単に処理可能なものと、
②難しいもの、
③そして弾脉が病的な場合と、
④これを呈していても何ら病症を現わさず、何十年に亘って通常人と同じ様に生活している人もいる。
正に今後の課題である。
軽いものでは、風邪引きの時に現れるもの、
これは陰経を補って陽経に現れた邪を処理する事によって脉状は通常に戻る。
しかし、慢性症に打つ弾脉は、このような方法では消えない。
これに対する処置についても経絡治療学原論には述べられている。
しかし手馴れない内は「これでは消極的過ぎるかな」と思う程度の処置から始め、極めて徐々に治療を進める事が大切である。
【誤 治:】
大きな失敗は患者を苦しめ、術者の信頼を失う。
「大きな誤治は患者を失い、小さな成功は患者を継続治療に向かわせる」
これは患者術者共々の喜びに繋がる道である。
【手法:弾脉改善の手法:邪を陽分に浮かせるコツ。】
弾脉即ち指先に当たるものを邪と考えた時、この邪を陽に浮かせて瀉そうとするならば、補法においては鍼を接触させ、軽く押し続ける。
そして、その押し続けている儘(まま)左右圧を掛け、その位置から一気に抜鍼する。
これが邪を陽分に浮かせるコツである。 先ず行ってみよう。
【手技:弾脉改善の手順 】
鍼先を穴所に接触させる。→ 軽く押し始める。→ 押し続ける。→ 硬い鍼先は軟らかい穴所に刺さる方向で進む。→暫くして穴所の緊張が緩み、鍼先を受け入れる。
例え話として、2ミリの厚さがあるといわれる皮膚に1ミリ入り込んだとする。
術者は、これを知り、左右圧を必要条件に合わせて掛ける、弦絶の如く抜鍼し鍼口を閉じる。
弾脉を呈していたものが邪実となって陽経に現れる。
これは弾脉を処理する時の基本的な手法として考えて貰いたい。
検 脉 コーナー
頁:160・平成17年9月 収録
【 検脉 : 検脉は一鍼毎に確かな事実をしっかり確認する。仲間との連携修練が不可欠。】
脉診の微妙さは、経絡治療を学ぶ者にとっては難関のひとつであろう。
しかしこれを克服する手段としての組織的・集団的修練は、その成果大である。
ある時、小里方式による実技修練を行っていた。
模擬患者の証は脾肝相剋調整を行うべき証であり、女性であった。
先ず定則的に右太白穴を補った。
しかしその結果は、
右関上の脾の脉位はあまり好転せず、反って左関上の肝の脉位が実してきた。
検脉者達はこれを認め、施術者の取穴した場所を検討し、
再度「取穴し直し」刺鍼した。
もしこの時、一人の術者〔のみ〕が刺鍼し検脉したならば「これで良し」
という事で終わってしまっていたかも知れない。
それに加えて、太白穴を補って直ぐ検脉もそこそこに心包経の大陵穴に補法を行うと、
その結果は「脾・心」が充実し、左関上の肝の脉位も平らに診えるようになる。
しかしその成績は患者・術者の期待にあまり沿わないものに終わるだろう。
検脉は一鍼毎に確かな事実を確認しながら進める必要があり、
それに当たっては多人数との連携修練が不可欠である。
頁:171・平成17年12月 収録
【脉診 総論:】
【検脉:加えられた施術の是非を知る有力な方途になっている。】
・脉状診
脉状は人の置かれている環境や周囲の状況によって刻々と変化し、今自分の置かれている場所に適応していく体の状態を現わしている。
それに加えて本人の情動の変化、内傷ともなり得る喜・怒 ・憂・ 思・悲・恐・驚のあり方をも映し出し、また食物の種類、薬物や医療方法の結果によっても、即変わるものである。
術者は、これらの状況を脉状を通して悉(のこさず)に知り、それに応じた処置を取る、脉状については古典でも、そしてつい最近まで、病因・病症そして予後の判定等に用いていたが、現在の我々にとっては、それらの事共より、患者に施す鍼灸術の手技手法の決定、続いて加えられた施術の是非を知る有力な方途になっている。
これも社会の変化、医療制度の改革が齎(もたら)した人の生活、病の在り方からくる結果である。
我々は、この瞬時も止まる事の無い脉状を診して、そこから患者の生命力を強化し、病を癒し、尚一層健康状態を高める為に、如何なる鍼灸術を施せば良いかを求めえらばなければならないのである。
そしてその集約が浮沈・遅数・虚実という脉状として捉えられ、これに応じた鍼灸を加える事によって目的が達せられる事実を、患者の体を通して知り得たのである。
しかしこれは生体実験からではない「何とかしてこの患者の病苦から解放しなければ」と言う一念が実った結果である。
我々は、〔これからも経絡鍼灸の〕治療術の進化を図って行く・・・。
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詳しくは、
経絡治療学原論(上巻)臨床考察 ―基礎・診断編― をお読みください。
発刊:東洋はり医学会
http://www.toyohari.net/book.html
元東洋はり医学会会長の筆者:柳下登志夫先生が、
福島弘道著「経絡治療学原論(上巻)」をテキストとし講義した中で、
臨床上重要な箇所を抜粋したものです。
柳下登志夫著 定価3,000円 (送料400円) A5 230貢
※ 筆者柳下登志夫の60年に及ぶ治療経験、
1日100人を越える患者さんと向き合い、臨床を通して古典を再検討したものです。
時代により変わりつつある患者さんの病に十二分に対応できるバイブルとなっています。
現代に生きる経絡治療家には必携の書籍です。
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終わりに、
鍼灸師の先生方の、ご意見・間違いの指摘・などを、当院へお送りくだされば幸いです。
店舗案内&お問い合わせコーナーをご利用ください。
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