十五、気(き)・ 〔 気の病:疝気(せんき)証 〕c335

 南北経驗醫方大成による病証論  十五、

気(き)・〔気の病:疝気(せんき)証〕

南北経驗醫方大成による病証論・井上恵理先生・講義録を参考に構成しています。。

 小項目 番号 c335

  十五、気 (気の病:疝気(せんき)証)のポイント

「氣」(気の病:疝気(せんき)証)の原文

 ・

人稟天地陰陽之氣以生
藉血肉以成其氣
一氣周流於其中、以成其神
形神倶備乃謂全體
故婦人宜耗其氣、以調其経
男子息養其氣、以全其神
惟気得煖則行、貴乎宜流

 
調攝非宜、致生多證
故内因七情而得之、喜怒憂思悲恐驚者是也
喜傷於心者、其氣散
怒傷於肝者、其氣撃
憂傷於肺者、其氣聚
思傷於脾者、其氣結
悲傷於心包者、其氣急
恐傷於腎者、其氣怯
驚傷於胆者、其氣乱
 
雖七證自殊、無踰於氣
又有體虚者、外為風冷乗之
入於腹中、遂成諸疝
 
發則、小腹、疼痛、痛、或繞腸、或逆槍心
甚則、手足厥冷、自汗嘔逆、或大小便秘渋
疝氣之證、亦有七種、厥疝、癥疝、寒疝、気疝、盤疝、附疝、狼疝、者是也
 
厥疝則、心痛、足冷、食巳則吐
癥疝則、腹中氣積如臀
寒疝則、飲食因寒卒然脇腹引痛
気疝乍、満乍減而痛
盤疝、腹中痛、引臍傍
附疝則、腹痛連臍下有積聚
狼疝、小腹與陰相引而痛
 
治療之法
若因七情所傷者、當調其氣而、安其五臓
外邪所干者、當温而散之
倘治之非道、
内外之気交、
入於腎者為腎氣、入干膀胱者為膀胱之氣、入干小腸者為小腸氣
因寒而得者遇寒而發
喜怒而得者、遇喜怒而發、甚則結而為積聚
或於左右脇下、有物如覆杯、或長如展臀
或腹大如盤、令人羸痩、少氣酒浙寒熱、飲食不為肌膚
 
積聚之脉、厥而緊浮而牢
牢弦急者生、虚弱者死
臨證審而行之
 ・
原文以上。。
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第十五、「 氣 」(気の病:疝気(せんき)証)の 原文と訳文読み(カタカナ)

人稟天地陰陽之氣以生
ヒトハ インヨウノ キヲ ウケテ ショウズ
藉血肉以成其氣
チニクニヨリテ モッテ ソノ キ ヲナス
一氣周流於其中、以成其神
イツ キ ノナカニ シュウリュウシテ、モッテ ソノ シン ヲナス
形神倶備乃謂全體
ケイシン トモニソナワルヲ ゼンタイト イウ
故婦人宜耗其氣、以調其経、男子息養其氣、以全其神
ユエニ フジンハ キヲヘラシテ、モッテソノキヲトトノウ。ダンシハソノキヲソクヨウシテ、モッテソノシンヲマットウスベシ
惟気得煖則行、貴乎宜流
タダ キハ ダンヲタルトキハ メグル、センリュウ スルコトヲ タットム

調攝非宜、致生多證
チョウセツ ヨロシキニ アラザレバ、タショウ ショウズル ヲ イタス
故内因七情而得之、喜怒憂思悲恐驚者是也
ユエニ ナインノ ナナジョウ ニヨッテ コレヲウル、キドユウシヒキョウキョウ コレナリ
喜傷於心者、其氣散
ヨロコンデ シンヲ ヤブルモノハ ソノキヲサンジ
怒傷於肝者、其氣撃
イカッテ カンヲ ヤブルモノハ ソノキ ゲキス
憂傷於肺者、其氣聚
ウレイテ ハイヲ ヤブルモノハ ソノキ アツマル
思傷於脾者、其氣結
オモイテヒヲ ヤブルモノハ ソノキ ムスボレル
悲傷於心包者、其氣急
カナシミテシンポウヲ ヤブルモノハ ソノキ キュル
恐傷於腎者、其氣怯
オソレテジンヲ ヤブルモノハ ソノキ ツタナシ
驚傷於胆者、其氣乱
オドロキテタンヲ ヤブルモノハ ソノキ ミダルル
雖七證自殊、無踰於氣
ヒチショウ ミズカラ コトナリト イエドモ、キ コエル コトナシ
又有體虚者、外為風冷乗之
マタ タイキョ ノ モノアリ、ホカ フウレイ ノタメニ ジョウゼラレ
入於腹中、遂成諸疝
フクチュニ ハイリテ、ツイニ ショセン トナル
發則、小腹、疼痛、痛、或繞腸、或逆槍心
ハッスルトキハ、ショウフク トウツウ イタミ アルイハ チョウヲメグリ アルイハ ギャキシテ シンヲツク
甚則、手足厥冷、自汗嘔逆、或大小便秘渋
ハナハダシキハ テアシケツレイシ ジカンオウギャクシ アルイハ ダイシヨウベン ヒジュウス
疝気之證、亦有七種、厥疝、癥疝、寒疝、気疝、盤疝、附疝、狼疝、者是也
センキノショウモ マタ ナナシュアリ ケツセン チョウセン カンセン キセン バンセン フセン ラウセン トイウモノ コレアリ
厥疝則、心痛、足冷、食巳則吐
ケツセン ノトキハ シンイタミ ショクヤメバ スナワアチ ハク
癥疝則、腹中氣積如臀
チョウセン ノトキハ フクチュウ ニ キ ツモッテ ヒノ ゴトシ
寒疝則、飲食因寒卒然脇腹引痛
カンセン ノトキハ インショク カンニヨレバ ソツゼントシテ ワキハラ インツウス
気疝、乍満乍減而痛
キセンハ ヤチマリミチ タチマチゲンジテ シカシテ イタム
盤疝、腹中痛、引臍傍
バンハ フクチュウイタミ サイ ノ カタワラ ニ ヒク
附疝則、腹痛連臍下有積聚
フンセン ノトキハ ハライタンデ サイカニ シャクジュウ スルコトアリ
狼疝、小腹與陰相引而痛
ロウハ ショウフクト イントニ アイイヒイテ シカシテ イタム
治療之法
チリョウノホウ
若因七情所傷者、當調其氣而、安其五臓
モシ ナナジョウ ニヨッテ ヤブラルルモノハ マサニ ソノ キ ヲトトノエ ソノ ゴゾウ ヲヤスンズベシ
外邪所干者、當温而散之
ガイジャ ニ オカサレル モノハ マサニ アタタメ シカシテ サンズベシ
倘治之非道、
モシ コレヲ チスルコト ミチニ アラザレバ
内外之気交、
ナイガイノ キ コモゴモ マジワリ
入於腎者為腎氣、入干膀胱者為膀胱之氣、入干小腸者為小腸氣
ジンニ ハイルモノハ ジンキナリ ボウコウ ニ ハイリ オカスモノハ ボウコウノキナリ ショウチョウニ ハイリ オカスモノハ ショウチョウノキトナル
因寒而得者遇寒而發
カンニヨッテ エルモノハ カンニアッテハッス
喜怒而得者、遇喜怒而發、甚則結而為積聚
コドシウルモノハ キドニアッテオコリ hナハダシイトキハ ムスボレテ シヤクジュウトナリ
或於左右脇下、有物如覆杯、或長如展臀
アルイハサユウノワキシタニオイテ ハイノゴトクモノアリ アルイハ ナガクシテ ヒ ヲ コロガシタルゴトク
或腹大如盤、令人羸痩、少氣酒浙寒熱、飲食不為肌膚
アルイハ ダイフクニシテ バンノゴトク ヒトヲシテルイソウ ショウキ ニシテ シャシャカンネツシ インショクキフ トナラザシム
積聚之脉、厥而緊浮而牢
シャクジュウ ノ ミャクハ ケツ シテ キンフ ニシテ ロウ
牢弦急者生、虚弱者死
ロウゲンキュウノモホハイキ キョジャクノモノハシス
臨證審而行之
ショウニ ノゾンデ ツマブラカニ コレヲオコナウ


原文と訳文、以上。。
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南北経驗醫方大成、第十五、

「 氣 」(気の病:疝気(せんき)証)の訳文(読み下し文)


人は天地陰陽の気を稟(うけ)て、以(もっ)て生(しょう)ず。
血肉に藉(より)りて、以て其の気を成す。
一気其の中に周流して、以て其の神を成す。
形神倶に備わるを、乃ち全體と謂う。
故に婦人は其の気を耗(へら)して、以て其の経を調う。男子は其の気を息養して、以て其の神を全うすべし。
惟(ただ)気は煖(だん)を得る則は行(めぐ)る。宜流することを貴ぶ。

調攝(チョウセツ)宜(よろ)しきに非(あら)ざれば、多證を生ずることを致す。
故に、内七情に因って而して之を得る。喜怒憂思悲恐驚の者、是也。
喜んで心を傷る者は、其の気散し、
怒って肝を傷る者は、其の気撃す、
憂えて肺を傷る者は、其の気聚る、
思いて脾を傷る者は、其の気結ばれる、
悲しんで心包を傷る者は、其の気急なり、
恐れて腎を傷る者は、其の気、怯(つた)なし、
驚きて胆を傷る者は、其の気乱る
七證自ら殊(こと)なりと雖(いえど)ども、気踰(こえ)る事なし、
又體虚の者有り、外風冷の為に乗(じょう)ぜられ、
之腹中に入りて、遂に諸疝(しょせん)と成る
発する則は、小腹、疼痛し、痛み、或いは腸を繞(めぐ)り或いは逆して心を槍(つ)く、
甚しき則は、手足、厥冷(けつれい)し自汗嘔逆し、或いは大小便、秘渋す。
疝気(せんき)証の証も亦七種あり、厥疝(ケツセン)、癥疝(チョウセン)、寒疝、気疝、盤疝、附疝、狼疝という者、是也。
厥疝(ケツセン)は、則ち心痛み、足冷えて食巳(や)めば則ち吐す。
癥疝(チョウセン)は、則ち腹中に気積って臀(ひ)の如し、
寒疝は、則ち飲食、寒に因れば卒然として脇腹、引痛す。
気疝は乍(たちま)ち満ち、 乍ち減じて而(しか)して痛む、
盤疝は腹中痛み、臍(サイ:へそ)の傍(かたわ)らに引く、
附疝は、則ち腹痛んで臍下に連ねて積聚(しゃくじゅう)すること有り、
狼疝は、小腹、陰と相引いて而(しか)して痛む。
治療の法、
若し七情に因(よ)って傷(やぶ)らるる所の者は、當(まさ)に其の気を調へて、其の五臓を安んずべじ。
外邪に干(お)かさるる者は、當に温めて而(しか)して、これを散ずべじ。
倘(もし)これを治すること道に非(あら)ざれば,
内外の気交わり、
腎に入る者は腎気なり、膀胱に入る者は膀胱の気となり、小腸に入る者は、小腸の気となる、
寒に因って得る物は寒に遇(あ)って発する。
喜怒し得る者は喜怒に遇って發(お)こり、甚しい則は結ばれて、積聚(しゃくじゅう)となり、
或いは左右の脇下に於いて物有りて覆杯の如く、
或いは長くして臀(ひ)を展べたるが如じ。
或いは腹大にして盤の如く、人をして羸痩(ルイソウ:つかれ、やせる。)、
少気にして酒浙(しゃしゃ)寒熱し飲食肌膚(キフ:はだ)と為らざらしむ。
積聚(しゃくじゅう)の脉は、厥(けつ)して緊浮にして牢(ろう)、
牢弦急なる者は生く。虚弱なる者は死す。
證に臨んで審(つま)びらかにしてこれを行う

訳文(読み下し文)以上。。

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南北経驗醫方大成、第十五、「 氣 」の解説文

                    山口一誠のオリジナル文章を含む。

 気(き)・〔 気の病:疝気(せんき)証 〕

  • 人間は天の気と地の気を受けて生命を得ています。
  • 天地陰陽の気は無形で見る事も掴(つか)む事も出来ませんが、気は血に変化し、筋肉の弾力、皮膚の色艶、脉状に現われています。
  • 気が血に変化し身体の中を巡っている事で身体の各器官が正常に働いてくれるのです。
    正常な気には神が宿っています。例えば、目、耳、口、鼻、皮膚、これらの働きは、見る、聞く、味う、臭う、皮膚に感じる、に成ります。。
    神気のレベルが下がると感覚器の働きが鈍るのです。
  • 神気なくして人は生きる事は出来ませんし、人間としての形なくして神気が生ずる事が出来ない関係になっています。
    神と形とが備わる者が正常に生きている人間の人体という事に成ります。
  • 婦人の特性として、
    婦人には生理があり月経血を失いますので、血が消耗され「気」が残り、気鬱病(きうつびょう)になりやすいのです。
    婦人の治療は、鬱滞の気を減じて、気血を優柔せしめ、経水の調和を促す治療を施します。
  • 男子の特性として、
    男子は外に勤めて気を使い働くために気を失い易いものです。
    男は陽体であり気を発散するが故に気虚になり易いので、気が虚すれば神気が不足する事に成ります。
    よって、男子の治療は、気を養う神気を補う治療が必要になります。
  • 気は陽性であるので、もっぱら温暖するときに良く運行します。だから、気は伸びやかに動く事が貴(とうと)いのです。
  • 人体を流れる気が整い良く運行しないならば、いろんな病気の症状が出て来ます。
  • 気の病は、内傷の病であり、七情の大過によって発症する病気です。。七情とは、怒、喜、憂、思、悲、驚、恐、の感情の事です。
  • 怒ると肝、喜びて心、憂えて肺、思うと脾、悲しんで心包、驚きて胆、恐れて腎、が傷(きず)つきます。
  • 喜び過ぎると、気が緩(ゆる)み、気が散って減少し、心経の病気になります。
    怒るとカーッとなり気が頭に上り、上りつくしてしまうと気が撃(う)たれ、肝経の病気になります。
    憂(うれ)が大き過ぎると、気が萎(ちぢ)んで胸に集まり、肺経の病気になります。
    思い考え過ぎて、いろんな物が頭に入り過ぎると、脾経の病気になります。
    悲しみ過ぎると、気が引き締まり過ぎて、気(き)が急(せ)き、心包経の病気になります。
    恐れ過ぎると、気が下に下がり、怯(おびえ)る、腎経の病気になります。〕
    驚いた時は、ビックリして、何も入って来ないから、気が乱れ、胆の病、精神不安の病気になります。
  • 七つの気の病証は、
    1, 気散る、心喜証。
    2, 気撃す、肝怒証。
    3, 気集まる、肺憂証。
    4, 気結ばれる、脾思証。
    5, 気急す、心包悲証。
    6, 気怯(つた)なし、腎恐証。
    7, 気乱れる、  胆驚証。
    と証状はそれぞれ違いますが、
    元は一つの気より生じているので、気より踰(こえ)る事はありません。
  • 身体が虚弱な人が気の病に罹患している時、外邪の冷風に曝(さら)されると、外邪が腹に入り、色々な腹痛が出ます。
    これを「疝(せん)の病気」と言います。
  • 気の病である「疝(せん)の病気」の症状について説明します。
  • 下腹(臍の下)に疼(うず)く痛みが出ます。
    あるいは、腹中の腸の方に動くような痛みが出ます。
    あるいは、下腹が痛い上に、心窩部(みぞおち)の方へ槍(やり)で突き上げる様な痛みが出ます。
    この痛みが甚(はなはだ)しく病気が強い場合は、手足が冷えてきます。さらに吐き気がして汗が出でます。
    あるいは、便秘してその上、小便が出にくくなります。
  • 疝気(せんき)証の証も七種あり、1.厥疝(ケツセン)、2.癥疝(チョウセン)、3.寒疝、4.気疝、5.盤疝、6.附疝、7.狼疝というものです。
  • 厥疝(ケツセン)の症状は、胸先につき上げる痛みがあり、また下腹部の方も痛い、そして足が冷えてきます。 また食事が終わると吐きたくなります。癥疝(チョウセン)の症状は、外から見ては解らないが本人の自覚として、お腹が張った感じで、お腹に腕の様な棒が入っている気がします。寒疝の症状は、冷たい飲食物を食べた後に突然に脇腹の方にギュツと引る様な痛が出ます。気疝の症状は、お腹がキュツと痛くなったと思うとスッと止んで、又痛くなる。間欠的痛み方です。盤疝の症状は、お腹の中が痛いのですが、それが臍の両脇に敷き詰めて来るような痛み方です。
  • 附疝の症状は、臍から下の方へつき下げるような痛み。または痛む時だけに「シコリ」が出てくる事があります。狼疝の症状は、男性は睾丸の方へ引きつける様な痛み。女性は鼠径部、卵巣の方へ引いて痛む症状です。
  • 気の病である「疝の病気」の治療方法について説明します。
  • 七情の気、喜怒憂思悲恐驚の内因の証によって、精神を労傷し、気の病である「疝の病気」を発症した病人の治療は、
    まず初めに十二経絡の気の流れを整える本治法の鍼治療を行います。
    その事で、五臓が安定する根本治療の方向に進みます。
  • 本治法の鍼治療を行なった後に外邪の冷風に曝された部分へ、温める補法や邪気を取り除く瀉法を施します。
  • 間違った治療をした場合には、病状を悪化させる誤った治療になります。
    経絡治療家は副作用を出す治療を絶対にしてはなりません。
  • 内傷の病に外因の邪が重なり入り込むと、
    腎に於(お)いては腹部、腎の見所に痼疾症〔こしつしょう:シコリ〕が出ます。
    膀胱に於いては腹部、膀胱の見所に痼疾症が出ます。
    小腸に於いては腹部、小腸の見所に痼疾症が出ます。
    寒さによって「疝の病気」を起こした人は、寒さに遇うと痼疾症が起こります。
    このように、
    内因性の七情の邪に侵されたものは、外邪が重なり入り込み痼疾症を発症します。
  • 「疝の病気」が甚(はなはだ)しい時は、結(むす)ばれて積聚(しゃくじゅう)となります。
    積聚になると、痛むときだけ痼(しこ)りが出ていたものが、その痛みが常用して年中面々として痛くて、そこに痼りが出続けづけます。
    積聚は内因の証から起こる「痼りの病気」です。
  • 積聚の症状には、左右の脇下に於(おい)いて杯(さかずき)を俯(うつぶ)せにした形状を腹部の皮下に触診されます。
    あるいは、お腹が張った感じで、腹部の皮下に腕の様な棒形状が触診されます。
    また、積聚の症状には、腹が大きくなって、盤形状の固い物が触診されます。
    また、積聚になると、だんだん痩(や)せてきて、気づかいが細くなり、精神的に険(けわ)しくなり、呼吸が細かくなります。
    また、何でもないのにパツと熱くなったり寒くなったりします。
    チョッと暖かい所だと熱くなり、チョッと寒い所だとブルブル震える症状が出ます。
    また、いくら食べても太れない、或いは肌の艶が悪い、肌が調わない、或いは筋肉の張りが無くなります。
  • 積聚(しゃくじゅう)の脉は、厥して緊脉であり浮脉であり、そして牢脉となっていきます。
    厥(けつ)とは、脉が正常の状態よりも荒々しい脉状です。
    緊脉(きんみゃく)とは、縄が縒(よ)れている様な脉状です。
    緊脉を打っている時は、どこかに痛みがあります。
    浮脉とは、脉が浮いて皮膚表面に触れる脉状です。
    牢脉(ろうみゃく)とは、陰脉の又その下に触れる脉です。
  • 「浮にして牢」
    浮脉と牢脉は相反する脉になりますから、緊脉の時は浮脉になっているが、沈んでくると牢脉になっていきます。。
  • 牢弦急の脉を打つ人は治療によって生きるが、虚詠弱脉を打つている人は死ぬことがあります。
  • 臨床家は、人に対する天地陰陽の氣を理解し、疝氣の証を熟知し、治療法を間違わない様に対処しなければなりません。

以上、の解説文を終わる。


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「 氣 」の詳細解説コーナー

「氣」(気の病:疝気(せんき)証)の原文・訳文・解説 詳細解説コーナー

                   〔  〕内は山口一誠のオリジナル文章です。
原文:人稟天地陰陽之氣以生
訳文:人は天地陰陽の気を稟(うけ)て、以(もっ)て生(しょう)ず。
解説:〔人間は天の気と地の気を受けて生命を得ています。〕

井上恵理先生の講義解説より】(人体と天地自然)p109-
これは「黄帝内経・素問」宝命全形論篇からの引例で、
大宇宙に対し、人間は小宇宙、これは東洋的考え方で、人体も自然の一つであると論じてる故に、こういう事が言える。
我々の体は、天地自然の気に従って生きている。
しかし今の科学的にいえば、天地自然は気象学、人間の体は医学と学問的に異なるが、
最近の医学者の中には、季候の変動と病気の関係を研究し、見事に一致している点がある。
病気が季節によつて起こる事は、体験的による物で、学問的でなくても実際に言える事です。
秋は草本の自然の落葉と同じように抜毛が多くなるのです。

原文:藉血肉以成其氣
訳文:血肉に藉(より)りて、以て其の気を成す。
解説:〔天地陰陽の気は無形で見る事も掴(つか)む事も出来ませんが、気は血に変化し、筋肉の弾力、皮膚の色艶、脉状に現われています。〕
井上恵理先生の講義解説より
天地陰陽の気は無形で、見る事も掴(つか)む事も出来ない。
例えば風を見る事は出来ないが、動く木を見て解かるように現象によっで本質を知る事が出来るのです。
血肉はは我々形態で体の形、皮膚、筋内、頭の毛め現象を知って気を完治する。
気来たるの意味も、気を見るのでなく越こ現象、
皮膚が艶々(つやつや)してくる、脉が強くなる、筋肉が軟らくなる、弾力が出てくるなどの現象から気来たを知るのです。
無形の者は有形に通じる。肉体があるから気がある。気ち形体により生成される。
形体を血とみると気は血により変化し、血があるから気が流れるのです。
〔西洋医学は〕気と血とを分けて考え、体身を分析する、これは人聞でないのです。
〔ここが〕東洋医学と西洋医学の大きな違いです。
原文:一氣周流於其中、以成其神。
訳文:一気其の中に周流して、以て其の神を成す。
解説:〔気が血に変化し身体の中を巡っている事で身体の各器官が正常に働いてくれる。正常な気は神が宿っている証(あかし)です。〕
〔例えて云えば、目、耳、口、鼻、皮膚これらの働きは、見る、聞く、味、臭い、感覚、に成ります。。神気のレベルが下がると感覚器の働きが鈍るのです。〕
井上恵理先生の講義解説より】(気血と神気〉p110-
「一気其の中に周流して、以て其の神を成す。」
我々の体には気と血が満ちている。「周流」行(めぐ)る。気が行るから血が行る。血は気によって守られ、血は行る事により体を養う。
我々の腎間の考え方の中に神がある。「神」体としての働きをいう。これは全て神である。
血と気が行(めぐ)る事により働きが出てくる。目、耳、口、鼻、皮膚これらの働きが、見る、聞く、味、臭い、感覚である。このような気血が行るから働きがある。
乃ち神があるのです。
神が失われると、こういう事が出来なくなるのです。気血の渋滞と働きは渾然一体という考え方です。
「黄帝内経・素問」第二十六.八正神明論篇には、
「気血は人の神と、神は気血にかし、気血の間に生じ、故に気血は神なり、神気盛んなれば神全うし、神気劣る者は神不足す。
之以て気血を養う者は、乃ち神を養う者也」我々が病気として扱う機能という者、例えば頭痛、耳鳴り、御飯が不味(まずい)、臭いが解からない、痺れる、痛い、そういう現象のある所は
神気(働き、機能)が減退している。これは気血の渋滞があるからで、乃ち経絡の変動があるからです。
こういう風に考えるのです。だから気血の渋滞を解き解(ほぐ)せば神気は元に戻るのです。
井上恵理先生の講義解説より】《先天の気と後天の気〉p111-
気と神は同じでない。
黄帝内経・素問に「神気は天に受くる所である。穀気は、以て地に受けて身に満つる者である。
人の一体あれば其の中には、天地の気を掲げて穀気を充実する。先天の受くる所の気なり。
又後天の穀気に生ずる所あり。その先天の受くる気、組合わせて一身に充実する。
これを神気という。神は神気の成果なり、神と気、同じようであるが別なり 」
この天地自然の気と我々の気が一致するというのは、天と地、乃ち天の気と地の気、二つを分け隔てて論じている。
先天の気というのは、我々が父母から受けついだ生命という物、我々が勝手に生きているというが、受ける元は父母から受けているのです。
養うのは飲食物です。
この地の気と親からゆ先天の気と一緒になって周流している者を、神気といっている。
この神気が回って我々の働きがあるのです。天の気が不足しても、地の気が不足しても駄目です。
いくら親から、いい体を貰っても、自分で糧末にすれば駄目だし、又先天の気が不足していたら、自分がどうしようとしても、どうにも成ら無いのです。
原文:形神倶備乃謂全體
訳文:形神倶に備わるを、乃ち全體と謂う。
解説:〔神なくして形一人生きる事は出来ないし、形なくして神が生ずる事が出来ない。神と形と備わる者を正常に生きている人間の人体という。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈神と形〉 p111-
『形神倶に備わるを、乃ち全體と謂(い)う。」
「形」は肉体。「神」は働き。
正常な働きがあるこの体を我々の全体という。
見る、聞く、言う、考える、知恵、こういう物が神である。
形というのは我々の肉体。
神は形の陽、神なくして形一人生きる事は出来ないし、形なくして神が生ずる事が出来ない。
神と形と備わる者を人間の人体という。
形の無い所に神はない。
神の無い形は人間でない。
気違いは、形有って神気の無い者、何も解からず、考える事も、人と話す事もできない。
唯、食べて肉体を潤しているだけです、そのかわり神気が無いので邪気を受けない、風邪を引かないのです。
〔そうか、だから馬鹿は風邪を引かない。と言われる訳ですね。。〕
原文:故婦人宜耗其氣、以調其経、男子息養其氣、以全其神
訳文:故に婦人は其の気を耗(へら)して、以て其の経を調う。男子は其の気を息養して、以て其の神を全うすべし
解説:〔婦人の特性として生理があり血を失うので血が消耗され「気」が残り、気鬱病(きうつびょう)になりやすい。〕
〔婦人の治療は、鬱滞の気減じて、気血を優柔せしめ、経水の調和をすべきである。〕
〔男子は外に勤めて、気を失い易い。男は陽体で発散する故に気虚が多い。気が虚すれば神が不足する。〕
〔以て男は気を養う事により神(気)を全うする事が出来るのです。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈男女の気〉 p111-
「故に婦人は其の気を耗(へら)して、以て其の経を調う。男子は其の気を息養して、以て其の神を全うすべし。」
男も女も供に、気血二つながら全うして良いというが、
しかし婦人の減らす気は鬱気をいう。女の人はメンスがあり、血を失う事が多い。
気持も女は消極的で、男は積極的である。
そのような体に成っているので、夫の意に従わなければ女は伸びない。
だから女の欝滞の気無しという事は無いので、婦人の病は多くは鬱病に属する。
気鬱すれば、乃ち気が行(めぐ)らず経水常に失う。
唯、諸状必ず生ずる時は、鬱滞の気減じて、気血を優柔せしめ、経水の調和をすべきである。
「鬱滞」血が消耗されると気だけが残ってしまう。
表面に出ず消極的であるから内に籠る。
だから女の人がくよくよするのはいい事です。
言いたい事を聞いてあげると落ち着く、気を減らすが故に調和する。
くどくど言うなと叱るより聞いてやるのです。
猛獣を檻に入れると、その中を動き回る。
本来荒野を飛び回っているのが出来ないので、それにより調和しているのです。
そういう風に考えるのです。
男というのは外に勤めて、気を失い易い。
女は陰体で鬱気華々しいが、男は陽体で発散する故に気虚が多い。
気が虚すれば神が不足する。
以て男は気を養う事により神を全うする事が出来るのです。
だから男は、あんまり喋らしてはいけない。
そういう事が解かっていると長生き出来るのです。
原文:惟気得煖則行、貴乎宜流
訳文:惟(ただ)気は煖(だん)を得る則は行(めぐ)る。宜流することを貴ぶ。
解説:〔気は陽性であるので、もっぱら温暖するときに良く運行します。だから、気は伸びやかに動く事が貴(とうと)いのです。 〕
井上恵理先生の講義解説より】〈気の性質〉 p112-
「惟、気は緩を得る則は行る、宜流する事を貴ぶ」
気は陽である。温暖すると良く運行する。
気は伸びやかに運行する事がいいのです。
体に暖かい時は、気は運行し易く、冷たくなるとし難い。
我々が冷たい時に、手がかじかむ、感覚が失われるのは気が渋滞するからです。
だから、気は伸びやかに動く事が貴(とうと)いのである。
原文:調攝非宜、致生多證
訳文:調攝(チョウセツ)宜(よろ)しきに非(あら)ざれば、多證を生ずることを致す。
解説:〔人体を流れる気が整い良く運行しないならば、いろんな病気の症状が出て来ます。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈不調和の症状〉p112下段-
気の調節の事です。気がうまく整っていないと「多證」いろんな病気の症状がでてくる。
原文:
故内因七情而得之、喜怒憂思悲恐驚者是也
喜傷於心者、其氣散
怒傷於肝者、其氣撃
憂傷於肺者、其氣聚
思傷於脾者、其氣結
悲傷於心包者、其氣急
恐傷於腎者、其氣怯
驚傷於胆者、其氣乱
訳文:
故に、内七情に因って而して之を得る。 喜怒憂思悲恐驚の者、是也。
喜んで心を傷(やぶる)る者は、其の気散し、
怒って肝を傷る者は、其の気撃す、
憂えて肺を傷る者は、其の気聚(あつま)る、
思いて脾を傷る者は、其の気結ばれる、
悲しんで心包を傷る者は、其の気急なり、
恐れて腎を傷る者は、其の気怯(つた)なし、
驚きて胆を傷る者は、其の気乱る
解説:〔気の病は、内傷の病であり、七情の大過によって発症する病気です。。〕
〔七情とは、怒、喜、憂、思、悲、驚、恐、の感情の事です。〕
〔怒ると肝、喜びて心、憂えて肺、思うと脾、悲しんで心包、驚きて胆、恐れて腎、が傷(きず)つきます。〕
〔喜び過ぎると、気が緩(ゆる)み、気が散って減少し、心経の病気になります。〕
〔怒るとカーッとなり気が頭に上る。上りつくしてしまうと気が撃(う)たれ、肝経の病気になります。〕
〔憂(うれ)が大き過ぎると、気が萎(ちぢ)んで胸に集まり、肺経の病気になります。〕
〔思い考え過ぎて、いろんな物が頭に入り過ぎるから、脾経の病気になります。〕
〔悲しみ過ぎると、気が引き締まり過ぎて、気(き)が急(せ)き、心包経の病気になります。〕
〔恐れ過ぎると、気が下に下がり、怯(おびえ)る、腎経の病気になります。〕
〔驚いた時は、ただただビックリして、何も入って来ないから、気が乱れ、胆の病、精神不安の病気になります。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈不調和の症状〉p112下段-
〔この古典理論は〕「黄帝内経・素問」第三十九.擧痛論篇(挙痛論)に出ています。
「故に、内七情に因って而して之を得る。喜怒憂思悲恐驚の者、是也。」
内傷の病、七情の大過によってくる病である。
「喜び過ぎれば心を傷る」
喜んで心臓が傷(やぶ)れるのでなく、心気が傷れるという事です。
怒ると肝、憂えて肺、思うと脾、悲しんで心包絡、恐れて腎、驚きて胆が傷れる。
これが調節宜しきに非ざれば多證を生ずる事です。
「多證」心虚、肝虚、肺虚、脾虚、心包虚、腎虚、胆虚の事です。
「喜び過ぎれば心を傷る者は、其の気散し」
喜ぶと気が緩まる「耗散」散ってしまう、減ってしまう。
逆にいえば、喜ぶ事は心を奪うが、過ぎると心を傷るのです。
これも東洋的考え方です。
戦前、あらゆる職業の寿命調査で、長命は喜劇役者で、短命は医者だそうです。
片方は人を笑わせ神を養い、医者は苦虫の患者ばかりで神が消耗される。
「怒って肝を傷ると気が撃す」
怒ると気が上せる、上りつくしてしまうと気が撃じ病になる。
人間はこういう物があるのです。仏様みたいではつまらないのです。
人間は欠点を掴(つか)む事を知っても、特長を掴む事が出来ないのです。
「憂えて肺を傷る者は、其の気聚る、」
憂いは大きすぎると、気が萎んで胸に集まる。
肝は頭に上る。
「悲しんで心包が傷れると気が急なり」
悲しむと気が消える、縮む陰性である、気が引き締まり過ぎで急迫になる。
「恐れて腎を傷る者は、其の気、怯(つた)なし、」
恐ると気下る、過ぎると生気下に下がる。肝は上る。
「驚いて胆が傷られると、其の気乱れる」
驚くと気が乱れる。
胆の発生の気が乱れ精神的安定性がなくなる。
悲しみ、憂い、思いの時は、いろんな物が入り過ぎるから傷れるが、
驚いた時は、何も入って来ないから気が乱れ、気が乱れるから何も入いって来ないのです。
原文:
雖七證自殊、無踰於氣
又有體虚者、外為風冷乗之
入於腹中、遂成諸疝
訳文:
七證自ら殊(こと)なりと雖(いえど)ども、気踰(こえ)る事なし、
又體虚の者有り、外風冷の為に乗(じょう)ぜられ、
之腹中に入りて、遂に諸疝(しょせん)と成る
解説:
〔七つの気の病証は、1,気散る、2,気集まる、3,気急す、4,気怯(つた)なし、5,気結ばれる、6,気乱れる、7,気撃す、と症状はそれぞれ違いますが、〕
〔元は一つの気より生じているので、気より踰(こえ)る事はありません。〕
〔身体が虚弱な人が気の病に罹患している時、外邪の冷風に曝(さら)されると、〕
〔外邪が腹に入り、色々な腹痛が出ます。これを「疝の病気」と言います。〕
井上恵理先生の講義解説より
〈不調和の症状〉p113上段-
七つの症、散る、集まる、急す、怯(つた)なし、結ばれる、乱れる、撃す、症状それぞれ違うが
「気踰(こえ)ることなし」
元は一つの気より生じる。だから気より踰(こえ)る事はない。
動き方によって、一つの気の動き方が違うだけで、気その物の病気には変わりない。
「体虚の者あり]形態が虚証の物、気の方がしっかりしていても、体の方が虚弱である為、形態を成していない為、
外の風とか冷えに乗ぜられ、腹に入られ「諸疝(しょせん)」色んなお腹の痛み、「疝」腹中の痛みと思えばよい。
体虚の者も、七情もあるが風冷の為、気が結ばれて腹に入り、色んな疝病を成す。
原文:發則、
訳文:発する則は、
解説:〔気の病である「疝の病気」の症状について説明します。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈疝の起こり〉-p114-
気と、体が虚して、その虚している所に、外の風邪や寒さが入って、そして腹に入ると、即ち疝。
疝とは病気、諸疝、いろいろな症状を為す事がある。
ですから、この疝痛というのは気の病といえる。
気の病という事は、形態的には何ら変化なくて、痛みだけが有るという病気の事で、
形態的変化があって熱が出たり、腫れたり、赤くなったり、外から見ても、手で触っても変化の有る物は血の病という。
だから疝痛の様に外から見て解らず、唯一(ゆいつ)痛いというのは気の病である。
〈気血による治療〉p114-
こういう風に犯される体の方の気であるか、血であるか、皮膚、筋肉、腱であるかの区別をしないと、
唯一痛むから鍼をしたのでは治療は完全ではない訳です。
痛みが止まっても再び起こる。
例えばこの様な気疝の場合、そういう鍼を打つと、
痛みは止まっても未だ後、重い、怠い、引きつる、立てない、力が無くなるという様な後遺症が起こる事がある。
鍼灸家には重宝な言葉があり、それは鍼の反応だからとごまかしてしまう。
しかし適当な治療を行えば、そんな反応は無い訳です。
だいたい病気を治して反応があるというのはおかしいのです。
考え方がおかしい。
こつちは相手が素人だから、そんな事を言っても構いませんが、
それは正しい治療ではないと言えるのです。
ですから気の病と解ったならば、
気を損じてはいけないのだから、鍼は慎重に行わなくてはいけない。
唯痛むからブスブス刺せば良いではすまされないのです。
原文:小腹、疼痛、痛、或繞腸、或逆槍心
訳文:小腹、疼痛し、痛み、或いは腸を繞(めぐ)り或いは逆して心を槍(つ)く、
解説:
〔下腹(臍の下)に疼(うず)く痛みが出ます。〕
〔あるいは、腹中の腸の方に動くような痛みが出ます。〕
〔あるいは、下腹が痛い上に、心窩部(みぞおち)の方へ槍(やり)で突き上げる様な痛みが出ます。〕
原文:甚則、手足厥冷、自汗嘔逆、或大小便秘渋
訳文:甚しき則は、手足、厥冷(けつれい)し自汗嘔逆し、或いは大小便、秘渋す。
解説:
〔この痛みが甚(はなはだ)しく病気が強い場合は、手足が冷えてきます。さらに吐き気がして汗が出でます。〕
〔あるいは、便秘してその上、小便が出にくくなります。〕
原文:
疝気之證、亦有七種、厥疝、癥疝、寒疝、気疝、盤疝、附疝、狼疝、者是也
訳文:
疝気(せんき)証の証も亦七種あり、厥疝(ケツセン)、癥疝(チョウセン)、寒疝、気疝、盤疝、附疝、狼疝という者、是也。
解説:
〔疝気(せんき)証の証も七種あり、1.厥疝(ケツセン)、2.癥疝(チョウセン)、3.寒疝、4.気疝、5.盤疝、6.附疝、7.狼疝というものです。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈疝の症状〉p114-
「発する則は小腹疼痛し」 小腹とは下腹、臍から下を小腹、上を大腹、両脇を側腹という。
「痛みが腸を繞(めぐ)り」 腹中の腸の方に動くような痛みがする。
「或いは逆して心を槍(つ)く、」
下腹が痛い上に「心を槍く」心臓でなく、こういう場合は心窩部(しんかぶ)、即ちみぞおちで心窩部の方へつきあげるような痛みがある。
「甚しき則は」この痛みが甚(はなはだ)しく病気が強い場合は「手足、厥冷(けつれい)し」手足が冷えてくる。
「自汗」ジツとしてても汗が出る。
寝ている時、汗が出るのが盗汗、盗汗とは横になると汗が出るのではない。
「嘔逆」嘔逆とは吐き気、吐くのではない、込み上げてくる。
「大小便が秘渋す」秘は大便で結するという意味、渋は小便で渋る、大便が結して小便が出にくくなる。
漢文というのは、非常に簡潔で意味が深長です。
「大小便秘渋」と五字の漢字で、その中に大便が秘結して、小便が出なくなるという意味があり、
これは非常に重宝です。
〈病気の種類〉p115-
「疝気(せんき)証の証も亦七種あり、」
〔 1,厥疝(ケツセン)、2.癥疝(チョウセン)、3.寒疝、4.気疝、5.盤疝、6.附疝、7.狼疝 〕
〔アラビア数字は山口の挿入〕
どういう種類が有るかというと、まず、
1,厥疝(ケツセン)、厥は厥逆の厥、
2.癥疝(チョウセン)、疒(やまいだれ)」に徴兵検査の徴の字、
3.寒疝は寒い痛、
4.気疝は気血の気、
5.盤疝は常盤炭鉱の盤、固い平らな物を盤という。
6.附疝は寄附の附、
7.狼疝は狼の疝、犭(けものへん)に良の字、女辺に良の字が娘、
この七つがある。
原文:厥疝則、心痛、足冷、食巳則吐
訳文:厥疝(ケツセン)は、則ち心痛み、足冷えて食巳(や)めば則ち吐す。
解説:
〔厥疝(ケツセン)の症状は、胸先につき上げる痛みがあり、また下腹部の方も痛い、そして足冷えてくる。また食事が終わると吐きたくなります。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈疝の病気の種類〉p115-
1,厥疝(ケツセン)というのは「心痛み、足冷えて食巳(や)めば則ち吐す。」
まず胸先につき上げる痛みがある。疝だから書いてないが、下腹部の方も痛い、そして足冷えてくる。
食事している時はそうでないが、食事が終わると吐きたくなる。
原文:癥疝則、腹中氣積如臀
訳文:癥疝(チョウセン)は、則ち腹中に気積って臀(ひ)の如し、
解説:
〔癥疝(チョウセン)の症状は、外から見ては解らないが本人の自覚として、お腹が張った感じで、お腹に腕の様な棒が入っている気がします。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
2.癥疝(チョウセン)は「腹中」の腹の中が「気積って」外から見ては解らないが本人が張った気がする。
張っているのに自分では解らない人もいます。
「臀(ひ)の如し、」何か棒が入っている様な。「臀」腕、前腕部のことを臀という。
原文:寒疝則、飲食因寒卒然脇腹引痛
訳文:寒疝は、則ち飲食、寒に因れば卒然として脇腹、引痛す。
解説:〔寒疝の症状は、冷たい飲食物をいただき突然に脇腹の方にギュツと引る様な痛が出ます。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
3.寒疝は「飲食寒に」飲み物、食い物が冷たければ、「卒然」とたんに「脇腹引痛す」脇腹の方にギュツと痛む。
原文:気疝乍、満乍減而痛
訳文:気疝は乍(たちま)ち満ち、 乍ち減じて而(しか)して痛む、
解説:〔気疝の症状は、お腹がキュツと痛くなったと思うとスッと止んで、又痛くなる。間欠的痛み方です。〕【井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
4.気疝は「乍ち満ち、乍ち減じて痛む」キュツと痛くなったと思うとスッと止んで、又痛くなる。間欠的痛み。
原文:盤疝、腹中痛、引臍傍
訳文:盤疝は腹中痛み、臍(サイ:へそ)の傍(かたわ)らに引く、
解説:〔盤疝の症状は、腹中痛いのですが、それが臍の両脇に敷き詰めて来るような痛み方です。〕
  【井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
5.盤疝は「腹中痛み磨の傍に引く」腹中痛いのだが、それが臍の両脇に敷き詰めて来るような痛み。
原文:附疝則、腹痛連臍下有積聚
訳文:附疝は、則ち腹痛んで臍下に連ねて積聚(しゃくじゅう)すること有り、
解説:〔附疝の症状は、臍から下の方へつき下げるような痛み。または痛む時だけに「シコリ」が出てくる事があります。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
6.附疝は「腹痛んで臍下に連ねて」臍から下の方へつき下げるような痛み。
「積聚する事あり」しこりが出てくる事がある。
積聚と違う所は、積聚は定まつて動かない物、ところが、これは痛む時だけに出てきて無くなる。
原文:狼疝、小腹與陰相引而痛
訳文:狼疝は、小腹、陰と相引いて而(しか)して痛む。
解説:〔狼疝の症状は、男性は睾丸の方へ引きつける様な痛み。女性は鼠径部、卵巣の方へ引いて痛む症状です。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈病気の種類〉p115-
7.狼疝は「小腹、陰と相引いて痛む」「陰」睾丸のことで陰部の方へ引きつける様な痛み、
女は鼠径部の方へ引いて痛む。即ち卵巣へ引いて痛む。
男の睾丸と女の卵巣は同じ物で、子宮と前立腺は同じものです。前立腺が中へ入って大きくなれば子宮です。
睾丸が中へ入って大きくなったのが卵巣です。 外か中の違いで、あるものは同じです。
原文:治療之法
訳文:治療の法、
解説:〔気の病である「疝の病気」の治療方法について説明します。〕
原文:若因七情所傷者、當調其氣而、安其五臓
訳文:若し七情に因(よ)って傷(やぶ)らるる所の者は、當(まさ)に其の気を調へて、其の五臓を安んずべじ。
解説:
〔七情の気、喜怒憂思悲恐驚の内因の証によって、精神を労傷し、気の病である「疝の病気」を発症した病人の治療は、〕
〔まず初めに十二経絡の気の流れを整える本治法の鍼治療を行います。〕
〔その事で、五臓が安定する根本治療の方向に進みます。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈治療の法〉p115-
治療の法はどのようにすれば良いのかというと
「若し七情の気に因って傷らるる者は、當にその気を調うべし」
七情の気、喜怒憂思悲恐驚の内因の証によって、精神を労傷し、こういう症状を起こした者を、七情に傷られた者と言うのである。
「気を調へて」鍼の方でいえば本治法を行って全体の気脉の調和をすれば良いのです。
「五臓を安んずべし」我々の五臓のバランスをとり治療が出来る。
原文:外邪所干者、當温而散之
訳文:外邪に干(お)かさるる者は、當に温めて而(しか)して、これを散ずべじ。
解説:〔本治法の鍼治療を行なった後に外邪の冷風に曝された部分へ、温める補法や邪気を取り除く瀉法を施します。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈治療の法〉p115-
「外邪に犯される者は、當に温めてこれを散ずべし」外邪にやられた場合は、温めればよろしい。
原文:倘治之非道、
訳文:倘(もし)これを治すること道に非(あら)ざれば,
解説:〔間違った治療をした場合には、病状を悪化させるのみである。〕
〔経絡治療家は副作用を出す治療は絶対にしてはならない。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈誤治〉 p116-
「若し、これを治すること道に非ざれば」
七情の気に傷られて五臓を調和することを忘れて痛い所を刺した場合、
温保するのを潟法した場合、逆な治療をした場合には、
原文:内外之気交、
訳文:内外の気交わり、
解説:〔内因の邪と外因の邪が重なり入り込むと、〕
原文:入於腎者為腎氣、
訳文::腎に入る者は腎気なり、
解説:〔腎に於いては腹部、腎の見所に痼疾症〔シコリ〕が出る。〕
原文:入干膀胱者為膀胱之氣、入干小腸者為小腸氣
訳文:膀胱に入る者は膀胱の気となり、小腸に入る者は、小腸の気となる、
解説:
〔膀胱に於いては腹部、膀胱の見所に痼疾症が出る。〕
〔小腸に於いては腹部、小腸の見所に痼疾症が出る。〕
原文:因寒而得者遇寒而發、喜怒而得者、遇喜怒而發、
訳文:寒に因って得る物は寒に遇(あ)って発する。喜怒し得る者は喜怒に遇って發(お)こり、
解説:
〔寒さによって「疝の病気」を起こした人は、寒さに遇うと痼疾症が起こります。〕
〔このように、内因性の七情の邪に侵されたものは、痼疾症を発症します。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈誤治〉 p116-
「内外の気が交々(こもごも)腎に入る者は腎気なり」
「内外の気」この場合は内因の邪、外因の邪と考えてよい。
こういう者が腎に入る者は腎気となり、腎気になるという事は、腎の痼疾症〔こしつしょう:シコリの疾病〕になるという事です。
それから膀胱に入る者は、膀胱の気となる。膀競の痼疾症になるという事です。
小腸に入る者は小腸の痼疾症になる。
「寒に因って起こる者は、寒に遇って発する」
そういう疝気の症が痼疾になって、痛みが何度も起こる状態がある場合は、即ち寒さによって病気を起こした人は、寒さに遇うとその病気が起こる。
それから喜怒によって得る者は、喜怒によって発する。
ここには喜怒の二つしか書いてないが、
漢文からいえば七情の気全部を喜怒によって表しているのではないかと考えます。
原文:甚則結而為積聚
訳文:甚しい則は結ばれて、積聚(しゃくじゅう)となり、
解説:
〔「疝の病気」が甚(はなはだ)しい時は、結(むす)ばれて積聚(しゃくじゅう)となります。〕
〔積聚になると、痛むときだけ痼(しこ)りが出ていたものが、その痛みが常用して年中面々として痛くて、そこに痼(しこ)りが出続けづけます。〕
〔積聚は内因の証から起こる物のです。〕
井上恵理先生の講義解説より】p116下段-
「甚(はなはだ)しい則は」この病気が痼疾、甚しくなると「結(むす)ばれて積聚(しゃくじゅう)となる」
時に起こり時に発するのでなく、その痛みが常用して年中面々として痛くて、そこに痼(しこ)りが出来てくる。
この積聚というのは、だいたい内因によって起こるとされている。
外邪ではない、積聚が内因によって起こるのであれば、
現代医学に起こる子宮筋腫、肝硬変、脾臓の硬変、胃潰瘍、何(いず)れも内傷によって起こるといえる訳です。
あれはやはり積聚です。
凝(こ)り固まりが出来るのです。
それが食べ物とか、何のせいではないのです。
その人の精神状態に於(お)いて、何かアンバランスの所があるからです。
非常に思い過ごしをするとか、悲しみ過ぎるとか。
だいたい子宮筋腫はヒステリーの内向です。
発しないから内に籠(こも)ってしまう、怒りは爆発したがいいのです。
もう一つのバセドー病は、貞淑(テイシュク)な者に多いと書いてある。
言いたい事を我慢すると成るので、成る人は従順な御婦人かと解るし、
その反対に夫は如何に横暴かと解るのです、
そう考えると積聚というのは、内因の証から起こる物だと言えるのです。
原文:或於左右脇下、有物如覆杯、或長如展臀
訳文:或いは左右の脇下に於いて物有りて覆杯の如く、或いは長くして臀(ひ)を展べたるが如じ。
解説:
〔積聚の症状には、左右の脇下に於(おい)いて杯(さかずき)を俯(うつぶ)せにした形状を腹部の皮下に触診されます。〕
〔あるいは、お腹が張った感じで、腹部の皮下に腕の様な棒形状が触診されます。〕
井上恵理先生の講義解説より】p116下段-
「或いは左右の脇下に於いて」脇腹、
「物ありて」何かある様で、「覆杯の如く」杯(さかずき)を俯(うつぶ)せにした形、
「或いは長く臀を展べたるが如く」肘を突っぱった感じ、
原文:或腹大如盤、令人羸痩、少氣酒浙寒熱、飲食不為肌膚
訳文:
或いは腹大にして盤の如く、人をして羸痩(ルイソウ:つかれ、やせる。)、
少気にして酒浙(しゃしゃ)寒熱し飲食肌膚(キフ:はだ)と為らざらしむ。
解説:
〔また、積聚の症状には、腹が大きくなって、盤形状の固い物が触診されます。〕
〔また、積聚になると、だんだん痩(や)せてきて、気づかいが細くなり、精神的に険(けわ)しくなり、呼吸が細かくなります。〕
〔また、何でもないのにパツと熱くなったり寒くなったりします。チョッと暖かい所だと熱くなり、チョッと寒い所だとブルブル震える症状が出ます。〕
〔また、いくら食べても太れない、或いは肌の艶が悪い、肌が調わない、或いは筋肉の張りが無くなります。〕
井上恵理先生の講義解説より】p116下段-
「或いは腹大にして」腹が大きくなって、
「盤の如く」大きくなるのはいいが固くなってはいけない。腹が大きくなリバンパンに固くなっている。
「人をして羸痩(ルイソウ)」だんだん痩(や)せてくる、
「少気」気づかいが細くなる、精神的に険(けわ)しくなり、肉体的には呼吸が細かくなる。
「酒浙寒熱する」何でもないのにパツと熱くなったり寒くなったりする、チョッと暖かい所だと熱くなり、チョッと寒い所だとブルブル震える。
「飲食肌膚と為らざらしむ」いくら食べても太れない、或いは艶が悪い、肌が調わない、或いは筋肉が張って来ない。
ですから気を傷(やぶ)られるという事は、全般的に言って色々な症状が起きやすい、という事です。
原文:積聚之脉、厥而緊浮而牢
訳文:積聚(しゃくじゅう)の脉は、厥(けつ)して緊浮にして牢(ろう)、
解説:
〔積聚(しゃくじゅう)の脉は、厥して緊脉であり浮脉であり、そして牢脉となっていきます。〕
〔厥(けつ)とは、脉が正常の状態よりもだいたい荒々しく成るという事です。〕
〔緊脉とは、緊脉は縄が縒(よ)れている様な脉状です。緊脉を打っている時は、どこかに痛みがあります。〕
〔浮脉とは、脉が浮いて皮膚表面に触れる脉状です。〕
〔牢脉とは、陰脉の又下の脉です。〕
〔「浮にして牢」浮脉と牢脉は相反する脉になるから、緊脉の時は浮脉になっているが、沈んでくると牢脉になっいきます。。〕
原文:牢弦急者生、虚弱者死
訳文:牢弦急なる者は生く。虚弱なる者は死す。
解説:〔牢弦急の脉を打つ人は生きるが、虚詠弱脉を打つている人は死ぬことがあります。〕
原文:臨證審而行之
訳文:證に臨んで審(つま)びらかにしてこれを行う
解説:
〔臨床家は、人に対する天地陰陽の氣を理解し、疝氣の証を熟知し、治療法を間違わない様に対処しなければなりません。〕
井上恵理先生の講義解説より】〈積緊の詠〉 p117-
「積聚(しゃくじゅう)の脉は、厥(けつ)して緊浮にして牢(ろう)、」
「厥」は脉が正常の状態よりもだいたい荒々しく成るという事です。
「緊脉」弦脉と緊脉の違いは、弦脉は糸が張ったのがピンピンと張るような脉だが、緊脉は縄が縒(よ)れている様な脉、
大体緊脉は痛みの脉といわれ、緊脉を打っている時は、どこかに痛みがあるという事です。
「浮にして牢」浮と牢は相反する脉になるから、
緊の時は浮になっているが、沈んでくると牢になってしまう陰脉の又下の脉です。
「牢弦急なる者は生く、虚弱なる者は死す」
積聚があつたり、疝痛があったり、先ほど言った症状のある人が、
気が患らつていながらも牢弦急の脉を打つ人は生きるが、虚詠弱脉を打つている人は死ぬことがあると言らている。
脉症不一致といえる。
「症に臨んで審びらかにしてこれを行う」
そういう事をあらかじめ知っておいて、治療を施さなければならない。
元気だから、そのうち治してやると言っていたら、明日死んじやったじやいけないから気を付けなければいけない。

以上、南北病証論十五、気(き)詳細解説を終わる。

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参考資料1.

積聚(しゃくじゅう)について

難経 第五十五難より。


ゆっくり堂の『難経ポイント』第五十五難

  • ※ 五十五難のポイント其の一は、腹中に積と聚と言う二つの塊が出来る事がある。
  • ※ 五十五難のポイント其の二は、
    積は五蔵の陰気が滞り積(つも)って出来たもので、
    陰気から出来た積は陰性で沈んで下に深く伏して所在する。
  • ※ 五十五難のポイント其の三は、
    聚は六府の陽気が滞り集(あつま)って出来たもので、
    陽気から出来た聚は陽性で浅く浮いていて移動する。

    ※ 難経第五十五難臨床&エトセトラより。・・・・・・
    〔井上恵理先生の難経五十五難、臨床解説から積聚の区別を理解されたし。〕
難経 第五十五難 原文
 ・
五十五難曰.
病有積有聚.何以別之.
然.
積者.陰氣也.聚者.陽氣也.
故陰沈而伏.陽浮而動.
氣之所積.名曰積.氣之所聚.名曰聚.

積者.五藏所生.聚者.六府所成也.
積者.陰氣也.其始發有常處.其痛不離其部.上下有所終始.左右有所窮處.
聚者.陽氣也.其始發無根本.上下無所留止.其痛無常處.謂之聚.
故以是別知積聚也.
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五十五難の訓読

(井上恵理先生の訓読・解説:経絡鍼療(463号)と本間祥白先生の解説、福島弘道先生の解説を参考にして、山口一誠の考察文にて構成しました。)

五十五の難に日く、
病に積(しゃく)あり、聚(じゅう)あり、何を以(も)って之(これ)を別(わか)たん。
然るなり、
積は陰気なり、聚は陽気なり、
故に陰は沈んで伏し、陽は浮んで動ず、気の積む所を名(なづ)けて積と日い、
気の聚(あつま)る所を聚と日う。
故に積は五蔵の生ずる所、聚は六府の成す所なり。
積は陰気なり、其の始めて発する常の処有り、其の痛み、其の部を離れず、
上下終始する所あり、左右窮(さだま)る処の所あり。
聚は陽気なり、其の始めて発するに根本なし、上下留止する所なく、其の痛み、常の処なし、
之を聚と謂う。
故に是を以って積聚を別ち知るなり。

詳しくは各先生の文献を参照されたし。
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五十五難の解説

(井上恵理先生の解説:経絡鍼療(463号)と本間祥白先生の解釈、福島弘道先生の解釈を参考にして、山口一誠の考察文にて構成しました。)

五十五難の解説をします。

  • 腹中に積と聚と言う二つの塊が出来る事があるが、これについて区別して説明しなさい。
  • お答えします。
  • 積と聚は陰陽の二面から区別される
    積は陰に属し陰の気であり、聚は陽に属し陽の気である。
    だから、
    陰気から出来た積は陰性で沈んで下に深く伏して所在し、
    陽気から出来た聚は陽性で浅く浮いていて移動する。
    陰気の積(つも)る所を名付けてぜ積と言い、
    陽気の集(あつま)る所を名付けて聚と言う。
  • ゆえに、
    積は五蔵の陰気が滞り積(つも)って出来たものである。
    聚は六府の陽気が滞り集(あつま)って出来たものである。
  • 積は陰の気であるから、始めて発した時から常にある所が決ま っている。
    痛みもそこから離 れて行かない。同じ所にある。
    上下左右に始まる所、終わる所がハッキリしている。
  • 聚は陽気であるから、どこに発するかと言う所がない。
    留ま っていないから上下が決まっていない。その痛みも常に動く。
    これを聚と言うと。
以上の特徴から積聚の区別を理解する事ができる。

詳しくは各先生の文献を参照されたし。
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五十五難の詳細解説

(井上恵理先生の訓読・解説:経絡鍼療(463号)と本間祥白先生の訓読・解釈、福島弘道先生の訓読・解釈を参考にして、山口一誠の考察文にて構成しました。)詳しくは各先生の文献を参照されたし。
山口一誠の考察により原文・訓読・解説(解説補足)の順に文章を構成します。
〔原文〕五十五難曰
〔訓読〕五十五の難に日く、
〔解説〕五十五難の解説をします。
〔原文〕病有積有聚.何以別之
〔訓読〕
病に積(しゃく)あり、聚(じゅう)あり、何を以(も)って之(これ)を別(わか)たん。
〔解説〕
腹中に積と聚と言う二つの塊が出来る事があるが、これについて区別して説明しなさい。
〔原文〕然.
〔訓読〕然(しか)るなり。
〔解説〕お答えします。
〔原文〕
積者.陰氣也.聚者.陽氣也.
故陰沈而伏.陽浮而動.
氣之所積.名曰積.
氣之所聚.名曰聚.
〔訓読〕
積は陰気なり、聚は陽気なり、
故に陰は沈んで伏し、
陽は浮んで動ず、
気の積む所を名(なづ)けて積と日い、
気の聚(あつま)る所を名けて聚と日う。
〔解説〕
積と聚は陰陽の二面から区別される
積は陰に属し陰の気であり、聚は陽に属し陽の気である。
だから、
陰気から出来た積は陰性で沈んで下に深く伏して所在し、
陽気から出来た聚は陽性で浅く浮いていて移動する。
陰気の積(つも)る所を名付けてぜ積と言い、
陽気の集(あつま)る所を名付けて聚と言う。
〔原文〕故、積者.五藏所生.聚者.六府所成也.
〔訓読〕故に積は五蔵の生ずる所、聚は六府の成す所なり。
〔解説〕
ゆえに、
積は五蔵の陰気が滞り積(つも)って出来たものである。
聚は六府の陽気が滞り集(あつま)って出来たものである。
〔原文〕積者.陰氣也.其始發有常處.其痛不離其部.上下有所終始.左右有所窮處.
〔訓読〕
積は陰気なり、其の始めて発する常の処有り、其の痛み、其の部を離れず、
上下終始する所あり、左右窮(さだま)る処の所あり。
〔解説〕
積は陰の気であるから、始めて発した時から常にある所が決ま っている。
痛みもそこから離 れて行かない。同じ所にある。
上下左右に始まる所、終わる所がハッキリしている。
〔原文〕聚者.陽氣也.其始發無根本.上下無所留止.其痛無常處.謂之聚.
〔訓読〕
聚は陽気なり、其の始めて発するに根本なし、上下留止する所なく、其の痛み、常の処なし、
之を聚と謂う。
〔解説〕
聚は陽気であるから、どこに発するかと言う所がない。
留ま っていないから上下が決まっていない。その痛みも常に動く。
これを聚と言うと。
〔原文〕故以是別知積聚也.
〔訓読〕故に是を以って積聚を別ち知るなり。
〔解説〕以上の特徴から積聚の区別を理解する事ができる。
 ・
本間祥白先生の難経解説から〕
積は陰の塊りであって、しっかりした根を持っていて動かない、
治療しても直ぐ消えるようなことなく永い治療を要する慢性病である。
聚は陽の塊であるから治療中に動いたり消えたりする、治療して治し易い病である。

井上恵理先生の難経五十五難、臨床解説から積聚の区別を理解されたし。〕
積と言うのは我々が腹を手で押し下げてみると、ちゃんと形にな って現れている。
聚と言うのは押し下げては判らない。お腹の上をソーッと撫でると判る。
そして痛みの方も、 積の方は 「ああ、ここが痛いんですね? 」 「そこが痛 いんです。」と判る。
ところが聚の方は、スー ツと撫でている内に「ああ先生、そこが痛い。」
そこかなと思って手を持って行くと、 痛みがなくなって別の所に動く。
これは皆さんも経験が あるだろうと思いますが、お腹をソーッと撫でると何かありそうなんです。
あるかなと思うとなくて、またこっちの方にポコッと出て来る。
またそこの所を押さえると向こうの方へ動く。あれは聚です。
痛む所がいつも一定していない。そっちへ行ったりこっちへ行ったりする。
ですから感覚的にみて積と聚と言うものは、
浮いているものと沈んでいるものと言う区別がある。
それから固定したものと固定しないものと言う区別がある。
痛む所も決まっているのと決まっていないのとの区別がある。
これが積聚の区別ですね。
積と言うのは陰の病であり、
聚と言うのは陽の病であると考えればいいと思います。
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参考資料2、

「黄帝内経・素問」第二十五.寳命全形論篇

黄帝問曰.
天覆地載.萬物悉備.莫貴於人.
人以天地之氣生.四時之法成.君王衆庶.盡欲全形.
形之疾病.莫知其情.留淫日深.著於骨髓.心私慮之.余欲鍼除其疾病.爲之奈何.
岐伯對曰.
夫鹽之味鹹者.其氣令器津泄.
絃絶者.其音嘶敗.
木敷者.其葉發.
病深者.其聲?.
人有此三者.是謂壞府.毒藥無治.短鍼無取.此皆絶皮傷肉.血氣爭黒.
帝曰.
余念其痛.心爲之亂惑反甚.其病不可更代.百姓聞之.以爲殘賊.爲之奈何.
岐伯曰.
夫人生於地.懸命於天.天地合氣.命之曰人.
人能應四時者.天地爲之父母.
知萬物者.謂之天子.
天有陰陽.人有十二節.
天有寒暑.人有虚實.
能經天地陰陽之化者.不失四時.
知十二節之理者.聖智不能欺也.
能存八動之變.五勝更立.能達虚實之數者.獨出獨入.?吟至微.秋毫在目.
帝曰.
人生有形.不離陰陽.天地合氣.別爲九野.分爲四時.月有小大.日有短長.萬物並至.不可勝量.虚實?吟.敢問其方.
岐伯曰.
木得金而伐.火得水而滅.土得木而達.金得火而缺.水得土而絶.萬物盡然.不可勝竭.
故鍼有懸布天下者五.黔首共餘食.莫知之也.
一曰治神.二曰知養身.三曰知毒藥爲眞.四曰制?石小大.五曰知府藏血氣之診.
五法倶立.各有所先.
今末世之刺也.虚者實之.滿者泄之.此皆衆工所共知也.
若夫法天則地.隨應而動.和之者若響.隨之者若影.道無鬼神.獨來獨往.
帝曰.願聞其道.
岐伯曰.
凡刺之眞.必先治神.五藏已定.九候已備.後乃存鍼.衆脉不見.衆凶弗聞.外内相得.無以形先.可玩往來.乃施於人.
人有虚實.五虚勿近.五實勿遠.至其當發.間不容?.
手動若務.鍼耀而匀.靜意視義.觀適之變.是謂冥冥.莫知其形.見其烏烏.見其稷稷.從見其飛.不知其誰.伏如横弩.起如發機.
帝曰.何如而虚.何如而實.
岐伯曰.
刺虚者須其實.刺實者須其虚.經氣已至.愼守勿失.深淺在志.遠近若一.如臨深淵.手如握虎.神無營於衆物.
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参考資料3、

「黄帝内経・素問」第二十六.八正神明論篇

黄帝問曰.用鍼之服.必有法則焉.今何法何則.
岐伯對曰.法天則地.合以天光.
帝曰.願卒聞之.
岐伯曰.
凡刺之法.必候日月星辰.四時八正之氣.氣定乃刺之.
是故天温日明.則人血?液.而衞氣浮.故血易寫.氣易行.天寒日陰.則人血凝泣.而衞氣沈.
月始生.則血氣始精.衞氣始行.
月郭滿.則血氣實.肌肉堅.
月郭空.則肌肉減.經絡虚.衞氣去.形獨居.
是以因天時而調血氣也.
是以天寒無刺.天温無疑.
月生無寫.月滿無補.月郭空無治.是謂得時而調之.
因天之序.盛虚之時.移光定位.正立而待之.故日月生而寫.是謂藏虚.
月滿而補.血氣揚溢.絡有留血.命曰重實.
月郭空而治.是謂亂經.
陰陽相錯.眞邪不別.沈以留止.外虚内亂.淫邪乃起.
帝曰.星辰八正何候.
岐伯曰.
星辰者.所以制日月之行也.
八正者.所以候八風之虚邪.以時至者也.
四時者.所以分春秋冬夏之氣所在.以時調之也.八正之虚邪.而避之勿犯也.
以身之虚.而逢天之虚.兩虚相感.其氣至骨.入則傷五藏.工候救之.弗能傷也.故曰天忌.不可不知也.
帝曰善.其法星辰者.余聞之矣.願聞法往古者.
岐伯曰.
法往古者.先知鍼經也.驗於來今者.先知日之寒温.月之虚盛.以候氣之浮沈.而調之於身.觀其立有驗也.
觀其冥冥者.言形氣榮衞之不形於外.而工獨知之.以日之寒温.月之虚盛.四時氣之浮沈.參伍相合而調之.工常先見之.然而不形於外.故曰觀於冥冥焉.
通於無窮者.可以傳於後世也.是故工之所以異也.然而不形見於外.故倶不能見也.
視之無形.嘗之無味.故謂冥冥若神髣髴.
虚邪者.八正之虚邪氣也.
正邪者.身形若用力.汗出.?理開.逢虚風.其中人也微.故莫知其情.莫見其形.
上工救其萌牙.必先見三部九候之氣.盡調不敗而救之.故曰上工.
下工救其已成.救其已敗.救其已成者.言不知三部九候之相失.因病而敗之也.
知其所在者.知診三部九候之病脉處而治之.故曰守其門戸焉.
莫知其情而見邪形也.
帝曰.余聞補寫.未得其意.
岐伯曰.
寫必用方.方者.以氣方盛也.以月方滿也.以日方温也.以身方定也.
以息方吸而内鍼.
乃復候其方吸而轉鍼.
乃復候其方呼而徐引鍼.
故曰寫必用方.其氣而行焉.
補必用員.員者行也.行者移也.刺必中其榮.復以吸排鍼也.
故員與方.非鍼也.
故養神者.必知形之肥痩.榮衞血氣之盛衰.
血氣者人之神.不可不謹養.
帝曰.妙乎哉論也.
合人形於陰陽四時.虚實之應.冥冥之期.其非夫子.孰能通之.
然夫子數言形與神.何謂形.何謂神.願卒聞之.
岐伯曰.請言形.形乎形.目冥冥問其所病.索之於經.慧然在前.按之不得.不知其情.故曰形.
帝曰.何謂神.
岐伯曰.
請言神.神乎神.耳不聞.目明心開.而志先.慧然獨悟.口弗能言.倶視獨見.適若昏.昭然獨明.若風吹雲.故曰神.
三部九候爲之原.九鍼之論不必存也.
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参考資料4、

「黄帝内経・素問」第三十九.擧痛論篇 (挙痛論)

黄帝問曰.
余聞善言天者.必有驗於人.
善言古者.必有合於今.
善言人者.必有厭於已.
如此則道不惑而要數極.所謂明也.
今余問於夫子.令言而可知.視而可見.捫而可得.令驗於已.而發蒙解惑.可得而聞乎.
岐伯再拜稽首對曰.何道之問也.
帝曰.願聞人之五藏卒痛.何氣使然.
岐伯對曰.
經脉流行不止.環周不休.寒氣入經而稽遲.泣而不行.客於脉外.則血少.客於脉中.則氣不通.故卒然而痛.
帝曰.
其痛
或卒然而止者.
或痛甚不休者.
或痛甚不可按者.
或按之而痛止者.
或按之無益者.
或喘動應手者.
或心與背相引而痛者.
或脇肋與少腹相引而痛者.
或腹痛引陰股者.
或痛宿昔而成積者.
或卒然痛.死不知人.有少間復生者.
或痛而嘔者.
或腹痛而後泄者.
或痛而閉不通者.凡此諸痛.各不同形.別之奈何.
岐伯曰.
寒氣客於脉外則脉寒.脉寒則縮?.縮?則脉?急.則外引小絡.故卒然而痛.得炅則痛立止.
因重中於寒.則痛久矣.
寒氣客於經脉之中.與炅氣相薄.則脉滿.滿則痛而不可按也.
寒氣稽留.炅氣從上.則脉充大而血氣亂.故痛甚不可按也.
寒氣客於腸胃之間.膜原之下.血不得散.小絡急引.故痛.按之則血氣散.故按之痛止.
寒氣客於侠脊之脉.則深按之不能及.故按之無益也.
寒氣客於衝脉.衝脉起於關元.隨腹直上.寒氣客則脉不通.脉不通則氣因之.故喘動應手矣.
寒氣客於背兪之脉.則脉泣.脉泣則血虚.血虚則痛.其兪注於心.故相引而痛.按之則熱氣至.熱氣至則痛止矣.
寒氣客於厥陰之脉.厥陰之脉者.絡陰器.繋於肝.寒氣客於脉中.則血泣脉急.故脇肋與少腹相引痛矣.
厥氣客於陰股.寒氣上及少腹.血泣在下相引.故腹痛引陰股.
寒氣客於小腸.膜原之間.絡血之中.血泣不得注於大經.血氣稽留不得行.故宿昔而成積矣.
寒氣客於五藏.厥逆上泄.陰氣竭.陽氣未入.故卒然痛.死不知人.氣復反.則生矣.
寒氣客於腸胃.厥逆上出.故痛而嘔也.寒氣客於小腸.小腸不得成聚.故後泄腹痛矣.
熱氣留於小腸.腸中痛.?熱焦渇.則堅乾不得出.故痛而閉不通矣.
帝曰.
所謂言而可知者也.
視而可見奈何.
岐伯曰.
五藏六府.固盡有部.視其五色.黄赤爲熱.白爲寒.青黒爲痛.此所謂視而可見者也.
帝曰.捫而可得奈何.
岐伯曰.視其主病之脉.堅而血.及陷下者.皆可捫而得也.
帝曰善.
余知百病生於氣也.
怒則氣上.喜則氣緩.悲則氣消.恐則氣下.寒則氣收.炅則氣泄.驚則氣亂.勞則氣耗.思則氣結.九氣不同.何病之生.
岐伯曰.
怒則氣逆.甚則嘔血及?泄.故氣上矣.
喜則氣和.志達.榮衞通利.故氣緩矣.
悲則心系急.肺布葉擧.而上焦不通.榮衞不散.熱氣在中.故氣消矣.
恐則精却.却則上焦閉.閉則氣還.還則下焦脹.故氣不行矣.
寒則?理閉.氣不行.故氣收矣.
炅則?理開.榮衞通.汗大泄.故氣泄.
驚則心無所倚.神無所歸.慮無所定.故氣亂矣.
勞則喘息汗出.外内皆越.故氣耗矣.
思則心有所存.神有所歸.正氣留而不行.故氣結矣.
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