五、傷寒

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   五、傷寒 (しょうかん)

                              小項目 番号 c315

傷寒(しょうかん)
南北経驗醫方大成による病証論 第五、 傷寒(しょうかん)
南北経驗醫方大成による病証論・井上恵理先生・講義録を参考に構成しています。。
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「南北経驗醫方大成 第五、傷寒 」の原文

 < >は内容分類文です。
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〈傷寒の説明〉〈寒邪を受ける者〉〈熱の発生〉〈温病(うんびょう)〉
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傷寒之證、
固有天疫流行、一時所感病、無老少、卒相似者。
然多是、體虚労役之人、冬月、衝斥道途不謹調護、以至爲風寒所傷。
其毒臓伏於内、不即發見。
或爲熱所撃摶、然後發而爲。
病故經云。冬感寒春發温者、是也。
¨
〈病位の症状〉
¨
其爲證、有陽、有陰、有表、有裏、又当當知、受病不同、
傳變不一、其發也、未有不自頭疼、發熱、自汗、悪寒而始者。
若發於太陽即熱而悪寒。
發於太陰、止悪寒而不發熱也、
傳陽則、潮熱、狂言如有所見、
其脉多長浮。
變陰則、舌強不語。
手足厥冷多有自利、
其脉多沈細
¨
〈病位と治療〉
¨
傷寒爲治、雖曰有法、
又須問證以察於外、脉切以審於内。
故在表宜汗之、
在上宜吐之、
在裏宜下之、
在半表半裏者和解之、
此固一定之法。
¨
〈伝変の期と治療〉
¨
然又、須考得病之日、傳變之期、方可施治。
一日至三日、 病在皮膚者、
爲表宜麻黄桂枝之類、寒邪駆散。
得汗之後、 脉静爲癒、
有汗不得服麻黄、無汗不得服桂枝、
仲景至切之論。
不可不謹、四日五日之間、病在胸郭、痰気緊満於上、
當以爪帯豆豉之類、吐之而癒。
六日七日 之間、其病入腹、傳胃臓腑結燥、
狂言潮熱
須大黄芒硝之類、下之而癒、
古今治法。
¨
〈陰厥と熱厥1〉
¨
總曰如此、
却又得有病之日、便四肢厥冷、名爲陰厥。
欲絶者、丹田氣海穴灸之。
又有經日微厥而後、發熱者爲熱厥。
熱甚舌黒鼻煤者、
今人、多以水潰布帛、重疊搭之於、胸頻頻更換、 以抜去熱氣、亦、良療法也。
¨
〈陰厥と熱厥2〉
¨
又有之厥而、即變陽證、
或胸腹心悶、牽引疼痛、目ト座臥不安、
胃気喘息則、又不可拘以日数、即宜下之。
¨
〈陰厥と熱厥3〉
¨
又有六-七日大府結燥上不能食、
其脉細緊、 皆曰當下、
却有頭痛 悪寒頂上有汗。
或小便清利、乃表証未除仍宜汗之。
¨
〈逆治療と病証1〉
¨
或裏寒表熱、或裏熱表寒、
皆當先救其裏、後治其表。
應汗而反下之則、
熱蓄於裏、或爲瘀血 、發而爲狂證者有之。
結而爲痞爲結胸者有之。
結胸者、心下緊満而痛。
按之如石手不可近。
痞者但緊満而不痛。
證雖相類用藥却有不同。
若應下而反汗之、則津液枯渇。
又有亡陽譫語者、譫語爲實鄭聲為虚。
若應吐而反温之則、毒氣欝結、於胃發而爲斑、
其色如錦紋者生。黒者即死。
臨證用藥。
若不辧其陰陽、観其傳變、審而行之則、
必致錯乱恠證百出、
流而爲壊證傷寒、甚至不救。
以此傷寒一證、不可不謹。
¨
〈逆治療と病証2〉
¨
病癒之後、切不可輕用補藥。
尤忌房室労傷飲食過度、倘困之再作、 未易治也。
致有脚気、痰飲 、食積、虚煩、四證、與傷寒相類。
更宜審之。
但脚気則、脚膝軟痛、卒起即倒。
痰飲則頭不痛 、項不強。
食積則身不痛、左手脉平和。
虚煩則不悪寒、身不痛爲異。
決不可有誤作、傷寒治之。
其中變易、非止一端。
茲略擧其説、以備倉卒、
其詳又當於張仲景論中、千金百問内求之
旦感冒、本與傷寒、治証同一。
但有輕軽重之分耳。
故重者爲傷、輕者爲感。
感冒之中、風有寒、又須詳 別。
夫感寒則必悪寒、面色黯惨、項背拘急、亦或頭痛發熱、其脉沈遅。
當以五積散、藿香正気散、養胃湯表散之。
感風則必悪風。面色光浮、身體發熱如如瘧、鼻塞聲重、時引清涕、或咳唾稠粘、其脉多浮数、當以十神湯、敗毒散治之。
或風寒兼之、又當用和解之藥、體虚之人、不可過於發散。
恐致他疾。并述干後審之、審之。
¨
以上で第五、傷寒 の 原文を終わります。
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南北経驗醫方大成 第五、傷寒の 原文と訳文読み(カタカナ)。

< >は内容分類文です。
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〈傷寒の説明〉〈寒邪を受ける者〉〈熱の発生〉〈温病(うんびょう)〉
¨
傷寒之證、
ショウカン ノ ショウ
固有天疫流行、一時所感病、無老少、卒相似者。
マコトニ テンエキ リュコウシテ イチジニ カンズルトコロノ ヤマイ ロウショウトナク オオムネ アイ ニルモノアリ
然多是、體虚労役之人、冬月、衝斥道途不謹調護、以至爲風寒所傷。
シカレドモオオクハ コレ タイキョ ロウエキ ノ ヒト フユニ ミチヲアルキ セッショウシテ チョウゴヲ ツツシマズシテ モッテ カンプウノタメニ ヤブラルルニイタル
其毒臓伏於内、不即發見。
ソノドク ウチニ ゾウフシテ スナワチ ハッケン セザル
或爲熱所撃摶、然後發而爲。
アルイハ ネツノタメニ ゲキタンセラレテ シカシテノチニ ハッシテ ヤマイヲナス
病故經云。冬感寒春發温者、是也。
ユエニ ケイニユウ フユニ カンジテ ハル ウンヲ ハッスル トイウモノ コレナリ
¨
〈病位の症状〉
¨
其爲證、有陽、有陰、有表、有裏、又当當知、受病不同、
ソノショウタルコト ヨウアリ インアリ ヒョウアリ リアリ マタマサニシルベシ ヤマイヲウkルコト オナジカラズ
傳變不一、其發也、未有不自頭疼、發熱、自汗、悪寒而始者。
デンヘン イチナラズヤ ソノハッスルトコロ イマダ ズツウウ 発熱ジカン オカン シテハジメルトイウモノ アラズ
若發於太陽即熱而悪寒。
モシ タイヨウニハlスレバ スナワチ ネッシテ オカンス
發於太陰、止悪寒而不發熱也、
タイインニハッスレバ タダオカンシテ ネツヲハッセザツナリ
傳陽則、潮熱、狂言如有所見、
ヨウニツタワルトキハ チョウネツ キョウゲン シテ ショケンアルガゴトク
其脉多長浮。
ソノミャク オオクハ チョウ フ ナリ
變陰則、舌強不語。
インニヘンズルトキハ シタコワバッテ カタラズ
手足厥冷多有自利、
テアシ ケツレイシ オオクワ ジリスルコトアリ
其脉多沈細
ソノミャク オオクハ チン サイ ナリ
¨
〈病位と治療〉
¨
傷寒爲治、雖曰有法、
ショウカンノ チヲ ナスコト ホウアリトイエドモ
又須問證以察於外、脉切以審於内。
マタスベカラクショウヲトウテ モッテソトヲサッシ ミャクヲセッシ ウチヲツマビラカニスベシ
故在表宜汗之、
ユエニ オモテニアラバコレヲ カンスベシ
在上宜吐之、
ウエニアラバ コレヲ トスベシ
在裏宜下之、
リニアラバ ヨロシク クダスベシ
在半表半裏者和解之、
ハンピョウハンリニアラバ オオクワワカイセヨ
此固一定之法。
コレマコトニ イッテイノホウナリ
¨
〈伝変の期と治療〉
¨
然又、須考得病之日、傳變之期、方可施治。
シカレドモ マタスバカラクヤマイヲエル コレニデンヘンノ キヲカンガエテ マサニチスベシ
一日至三日、 病在皮膚者、
イチニチヨリミッカニイタッテ ヤマイ ヒフニアル
爲表宜麻黄桂枝之類、寒邪駆散。
マオウ ケイシ ノ ルイニテ カンジャヲ クサンスベシ
得汗之後、 脉静爲癒、
アセヲエテノチニ ミャク シズカナルハ イエルトナス
有汗不得服麻黄、無汗不得服桂枝、
アセアラバ アセアラバマオウヲ フクスルコトヲエズ アセナクバケイシヲ フクスルコトヲエズ
仲景至切之論。
チュウケイ ガ シセツノ ロンナリ
不可不謹、四日五日之間、病在胸郭、痰気緊満於上、
ツツシマズベカラズ シゴニチノアイダハ ヤマイハキョウカクニアリ タンンキ ウエニキンマンセバ
當以爪帯豆豉之類、吐之而癒。
マサニ カテイズシ ノルイヲモッテ コレヲトシテイヤスベシ
六日七日 之間、其病入腹、傳胃臓腑結燥、
ロクヒチニチノアイイダ ソノヤマイ ハラニナイイリ イニツタエ ゾウフケッソウシ
狂言潮熱
キョウゲン チョウネツ スレバ
須大黄芒硝之類、下之而癒、
スベカラク ダイオウ ショボウ ノルイニテ コレヲクダシイヤスベシ
古今治法。
ココンノホウコレナリ
¨
〈陰厥と熱厥1〉
¨
總曰如此、
スベテハ カクノゴトク
却又得有病之日、便四肢厥冷、名爲陰厥。
コノゴトク サッテマタ ヤマイヲウルノヒ スナワチ シシケツレイ スルコトアリ ナズケテ インケツトナス
欲絶者、丹田氣海穴灸之。
ゼツセントヨクスルモノハ タンデンキカイケツニキュウスベシ
又有經日微厥而後、發熱者爲熱厥。
マタヒヲヘテ ビケツシテノチニ ハツネツスルモノアリ ビケツトナス
熱甚舌黒鼻煤者、
ネツハナハダシクテ シタクロク ハナススケタルモノハ
今人、多以水潰布帛、重疊搭之於、胸頻頻更換、 以抜去熱氣、亦、良療法也。
イマノヒト オオクハミズヲモテ フキヲツブシ カサネタタンデノセ コレヲムネニカケ ビンビンニコウカンシテ モッテネッキヲバッキョスルモ マタリョウチホウナリ
¨
〈陰厥と熱厥2〉
¨
又有之厥而、即變陽證、
マタケッセズシテ スナワチヨウショウニ ヘンズルコトアリ
或胸腹心悶、牽引疼痛、目ト座臥不安、
アルイハキョウフクシンモンシ ケイイントウツウ ザガヤスカラズ
胃気喘息則、又不可拘以日数、即宜下之。
イキ ゼンソクsルトキハ スナワチカカルニッスウヲモッテ スベカラズ スナワチヨロシク コレヲクダスベシ
¨
〈陰厥と熱厥3〉
¨
又有六-七日大府結燥上不能食、
マタ ロクヒチニチ タイフ ケツソウシテ ナカニ ショクスルコト アタワズ
其脉細緊、 皆曰當下、
ソノミャク サイキン ナル ミナイワク マサニ クダスベシ
却有頭痛 悪寒頂上有汗。
カエッテ ズツウウ オカンシ チョウジョウニアセアリ
或小便清利、乃表証未除仍宜汗之。
アルイハ ショウベンセイリスルコトアリ スナワチヒョウショウイマダノゾカズ スナワチコレニヨロシクカンスベシ
¨
〈逆治療と病証1〉
¨
或裏寒表熱、或裏熱表寒、
アルイハ リヒエテ ヒョウネツシ アルイハ リネッシ ヒョウヒエレバ
皆當先救其裏、後治其表。
ミナマサニ サキンズ ソノ リヲ スクッテ ノチニ ソノ ヒョウヲ チスベシ
應汗而反下之則、
マサニ カンスベキヲ カエッテ コレヲ クダストキハ
熱蓄於裏、或爲瘀血 、發而爲狂證者有之。
ネツリニタクワエテ アルイハ オケツトナリ ハッシテ キョウショウ トナルモノ コレアリ
結而爲痞爲結胸者有之。
ケツシテツカエヲトリ ケツキョトナルモノコレアリ
結胸者、心下緊満而痛。
ケッキョハ シンカ キンマンシテ イタム
按之如石手不可近。
コレヲアンゼバ イシノゴトクニシテ チカズクベカラズ
痞者但緊満而不痛。
ツカエハタダキンマンシテイタマズ
證雖相類用藥却有不同。
ショウソウルイストイエドモ クスリヲモチイルニ カエッテオナジカラザルコトアリ
若應下而反汗之、則津液枯渇。
モシマサニクダスベキヲ カエッテコレヲカンスルトキハ シンエキコカッス
又有亡陽譫語者、譫語爲實鄭聲為虚。
マタボウチョウセンゴスルモノアリ センゴヲジツトナシ テイセイヲキョトナス
若應吐而反温之則、毒氣欝結、於胃發而爲斑、
モシマサニトスベキヲカエッテコレヲアタタムルトキハ ドクキイニウッケツシテ ハッシテハンヲナス
其色如錦紋者生。黒者即死。
ソノイロ メンモンノゴトクナルモノハイク クロキモノハシス
臨證用藥。
ショウニノゾンデクスリヲモチイヨ
若不辧其陰陽、観其傳變、審而行之則、
モシソノインヨウヲベンジ ソノヘンデンヲミ ツマビラカニシテ コレヲオコナワザルトキハ
必致錯乱恠證百出、
カナラズサクランヲイタシテ カイショウ モモニイデ
流而爲壊證傷寒、甚至不救。
ナガシテショウカントナリ ハナハダシウシテスクワザルニイタル
以此傷寒一證、不可不謹。
コレヲモッテショウカンノショウ ツツシマザルベカラズ
¨
〈逆治療と病証2〉
¨
病癒之後、切不可輕用補藥。
ヤマイ イエテノ ノチ シキレイニ カルガルシク ホヤクヲ モチユ ベカラズ
尤忌房室労傷飲食過度、倘困之再作、 未易治也。
モットモ ボウシツ ロウショウ インショク カドヲ イマシメテ モシ コレニヨッテ サイサクスレバ イマダ ナオシヨカラズナリ
致有脚気、痰飲 、食積、虚煩、四證、與傷寒相類。
カッケ タンイン ショクサイ キョワズライ ノ ヨンショウアリ ショウカント アイルスルナリ
更宜審之。
サラニヨロシクコレヲツマビラカニスベシ
但脚気則、脚膝軟痛、卒起即倒。
タダシ カッケハ スナワチ アシ ヒザ ナンツウ シニワカニオキテバ スナワチタオレル
痰飲則頭不痛 、項不強。
タンイハ スナワチ ヅツウシ ウナジコワバラズ
食積則身不痛、左手脉平和。
ショクサイハ スナワチ ミイタマズ ミギテノミャク ヘイワ ナリ
虚煩則不悪寒、身不痛爲異。
キョワズライハ サムサミクマズ シンツウ イタマズヲコトナリトナス
決不可有誤作、傷寒治之。
ケッシテ アヤマッテ ショウカン トナシテ コレヲ シスルコトアルベカラズ
其中變易、非止一端。
ソノ アタルコト ヘンエキスルコト タダイッタンニヒズ
茲略擧其説、以備倉卒、
ココハ ホボソノ セツヲ アゲテ ソウソツニ ソナウルノミ
其詳又當於張仲景論中、千金百問内求之
ソノツマビラカンルコト マサニ チョウチュンケイガ ロンノナカ センキン ヒャクモンノ ウチニオイ テコレヲモトムベシ
旦感冒、本與傷寒、治証同一。
マタ カンボウ モト ショウカント チショウドウイツナリ
但有輕軽重之分耳。
タダシケイジュウノブンアルノミ
故重者爲傷、輕者爲感。
ユエニ オモキモノヲ ショウカン トナシ カルキモノヲ カントナス
感冒之中、風有寒、又須詳 別。
カンボウ ノナカニ フウアリ カンアリ マタ スベカラク ツマビラカニ ワカツベシ
夫感寒則必悪寒、面色黯惨、項背拘急、亦或頭痛發熱、其脉沈遅。
コレ カンニ カンズルトキハ カナラズカンヲニクミ メンショクアンサンシ コウハイコウキュウシ マタアルイハ ズツウ ハツネツス ソノミャク チンチナリ
當以五積散、藿香正気散、養胃湯表散之。
マサニ ゴセキサン カッコウショウキサン ヨウイトウヲ モッテコレヲ ヒョウサンスベシ
感風則必悪風。面色光浮、身體發熱如如瘧、鼻塞聲重、時引清涕、或咳唾稠粘、其脉多浮数、當以十神湯、敗毒散治之。
カゼニカンジルトキハ カナラズカゼヲニクム メンショクコウフシテ ギャクノゴトク ハナフサガリ コエオモク トキニセイテイヲヒキ アルイハセキダ チョウネンス ソノミャク オオクハフサクナリ マサニ ジュッシントウ ハイドクサンヲモッテコレヲチスベシ
或風寒兼之、又當用和解之藥、體虚之人、不可過於發散。
アルイハフウカンコレヲカネレバ マタマサニ ワゲノクスリヲモチュウベシ キョタイノヒト ハッサンスバカラズ
恐致他疾。并述干後審之、審之。
オソラクハタノシツヲタオサン ナラビニノチニノベルコレヲツマビラカニ コレヲツマビラカニセヨ
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南北経驗醫方大成、第五、傷寒 の訳文(読み下し文)

傷寒の証、
固(まこと)に天疫流行して一時に感ずる所の病、老少と無く、率(おお)むね相似る者あり。
然れども多くは、是れ体虚、労役の人、冬月、道途に衝斥して調護を謹しまずして、以て風寒の為に傷(やぶ)らるるに至る。
其の毒、内に臓伏して即(すなわ)ち発見せざる。
或いは熱の為に撃摶(ゲキタン)せられて然(シカ)して後に発して病を為す。
故(ユエ)に経に云う。冬、寒に感じて、春、温を発すという者、是れ也
其の証たる事、陽あり、陰あり、表あり、裏あり、又当〔マサ〕に知るべし、病を受くる事同じからず、
伝変一ならざるや、その発する所.未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒して始めるという者あらず。
若〔モ〕し太陽に発すれば即ち熱して悪寒〔オカン〕す。
太陰に発すれば、ただ悪寒して熱を発せざるなり、
陽に伝わる時は、潮熱、狂言して所見あるが如〔ゴト〕く、
其の脉、多くは長、浮なり。
陰に変ずる時は、舌強ばって語らず。
手足厥冷〔ケツレイ〕し多は自利する事あり。
其の脉、多くは沈、細なり、
傷寒の治を為す事、
法有りと雖(いえど)も、又須(すべから)く証を問うて以て外を察し、脉を切し内を審(つまび)らかにすべし。
故に表に在らば之を汗すべし、上に在らば之を吐すべし、裏に在らば宜しく下すべし、半表半裏に在らば多く和解せよ、此れ固〔まこと〕に一定の法なり。
然れども、又、須(すべから)く病を得る、これに伝変の期を考えて、まさに治すべし。
一日より三日に至って病、皮膚に在る。
麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類にて寒邪を駆散すべし。
汗を得て後に脉、静かなるは癒(いえ)るとなす。
汗あらば麻黄を服することを得ず、汗なくば桂枝を服することを得ず。
張仲景が至切の論なり。
謹〔つつし〕まずべからず、四日~五日の間は、病は胸膈にあり、痰気、上に緊満せば、
当に爪帯豆豉(かていずし)の類を以て、これを吐して癒(いやす)べし
六日、七日の間、其の病、腹に入り、胃に伝え臓腑結燥し、
狂言、潮熱すれば、
須らく、大黄、芒硝の類にて、これを下し癒べし、
古今の方なり。
總(すべ)ていわく、
この如く却(さつ)て又、病を得るの日、便(すなわ)ち四肢厥冷する事あり、名ずけて陰厥〔インケツ〕と為す。
絶せんと欲するものは丹田(気海)の穴に、灸すべし。
又日を経て微厥して後に発熱するもの在り熱厥と為す。
熱、甚(はなはだ)しくて舌黒く鼻、煤けたる ものは、
今の人、多くは水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んでのせ、これを胸に掛け頻頻(びんびん)に更換して、以て熱気を抜去するも、又良療法なり。
又厥せずして、即ち陽証に変ずる事あり、
或いは胸腹、心悶し、牽引疼痛、座臥安からず、
胃気、喘息する時は、即ち拘(かか)わる日数を以ってすべからず、即ち宜しく、これを下すべ し。
又、六、七日大府結燥して上に食する事能(あた)はず。
其の脉、細緊なる。皆いわく下すべし。
却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り。
或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除(の)かず、即ちこれ宜しく汗すべし。
或いは裏冷えて表熱し、或いは裏熱し表冷えば、
皆当に先んず其の裏を救って、後に其の表を治すべし。
まさに汗すべきを反(かえ)って、これを下す則〔トキ〕は、
熱、裏に蓄えて、或いは瘀血〔おけつ〕と為り、発して狂証と為る者、これ有り。
結して痞(つかえ)と為り、結胸と為る者これ有り。
結胸は心下、緊満して痛む。
これを按ぜば石の如くにして近づくべからず。
痞〔ツカ〕えはただ緊満して痛まず。
証、相類(そうるい)すと雖(いえど)も薬を用いるに却(かえ)って同じからざる事あり。
若し当に下すべきを反ってこれを汗する則は津液(しんえき)、枯渇(こかつ)す。
又亡陽、譫語(せんご)するもの有り譫語を実と為し、鄭聲(ていせい)を虚と為す。
若し当に吐すべきを反ってこれを温むる則、毒氣、胃に欝結(うつけつ)して、発して斑を為す。
其の色、錦紋の如くなる者は生く、黒き者は即ち死す。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、其の伝変を観、審らかにしてこれを行なわざる則は、
必ず錯乱を致して恠(かい)証百(もも)に出(い)で、
流して壊証(えしょう)の傷寒と為り、甚(はなはだ)しうして救わざるに至る。
これを以て傷寒の一証、謹(つつし)まざるべからず。
病、癒えての後、切に軽々しく補薬を用ゆべからず。
尤(もっと)も、房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治し易からず也。
脚気〔カッケ〕、痰飲、食積、虚煩の四証あり、傷寒と相類する也。
更に宜しく之を審らかにすべし。
但し脚気は即ち脚、膝 軟痛し、卒(にわ)かに起きてば即ち倒れる。
痰飲は則ち頭痛まず、項(うなじ)強張らず。
食積は則ち身痛まず、左手の脉、平和也。
虚煩は即ち寒さ悪(にく)まず、身痛まざるを異なりと為す。
決して誤って、傷寒と作(なし)て之を治すること有る可からず。
其の中(あた)ること変易すること、止(ただ)一端に非ず。
茲(ここ)は、略(ほぼ)その説を挙げて以〔モッ〕て倉卒〔ソウソツ:軽く〕に備うるのみ、
其の詳〔ツマビ〕らかなること當に張仲景が論の中、千金、百問の内に於いて之を求むべし。
また感冒、本(もと)傷寒と治証同一也。
但し軽重の分ある耳(のみ)。
故に重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。
感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。又須( べか)らく詳(つまび)らかに別つべし。
夫(これ)寒に感ずる則〔トキ〕は必ず寒を悪(にく)み、面色暗惨し、項背拘急(こうはいこうきゅう)し、亦(また)或いは頭痛、発熱す、其の脉、沈遅也。
當に五積散、藿香正気散(かつこうしょうきさん)養胃湯(よういとう)を以て之を表散すべし。
風に感ずる則は、必ず風を悪む。面色光浮し身體発熱して瘧(ぎゃく)の如く、鼻塞がり声重く、時に清涕(せいてい)を引き、或いは咳唾、稠粘(ちょうねん)す、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯、敗毒散を以て、之を治すべし。
或いは風寒、之を兼ねれば、又當に和解(わげ)の薬を用ゆべし、體虚の人、発散すべからず。
恐らくは他の疾を倒さん。并びに後に述べる之を審らかに、之を審らかにせよ。

以上で、第五、傷寒 の訳文(読み下し文)を終わります。

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南北経驗醫方大成による病証論 第五、傷寒(しょうかん)の解説文 。

※ 山口一誠のオリジナル文章にて構成。

 < >は内容分類文です。
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〈傷寒の説明〉〈寒邪を受ける者〉〈熱の発生〉〈温病(うんびょう)〉
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傷寒(しょうかん)の病気について説明します。
傷寒(しょうかん)の病気は、
古(いにしえ)の言葉で言えば、流行(はや)り病(やまい)や疫病(えきびょう)です。
ひと言で表わすと天疫(てんえき)と呼ばれていました。
現代では冬のインフルエンザやノロウイルスなどの流行性感冒(風邪)のことです。
これら流行性感冒(風邪)は幼児から高齢者まで年齢に関係なく罹患(りかん)し症状も同じです。
それは、誰でもが傷寒の病気(流行性感冒)に罹患(りかん)するわけではありません。
罹患する人のタイプは、体力や免疫力が低下した人。仕事のしずぎで疲れたいる人。
冬の寒い時期に長時間歩き回り身体が冷えた人。また防寒の備えをしなかった人。
これらの人達が寒い風に晒されて流行性感冒(風邪)の「傷寒の病気」に罹患するのです。
ところが、身体の中に「傷寒の病気」が侵入していても、自覚症状なくて、病気が表に出ない場合があります。
私たちの体内の熱は、身体を護(まも)り調和するエネルギー源です。
この熱で「傷寒の病気」押さえています。
そして、一つの季節を超えてその後に病気が出る場合があります。
東洋医学の病理観察理論では、冬に「傷寒の病気」に侵入され、春に発病する病気の事を「温病(うんびょう:ブラブラ病)」と言います。
温病の症状は次の様なものです。
体が怠い、熱つぽい、眠れない、食べられない等、決められた病名でなく症状的なものです。
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〈病位の症状〉
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傷寒の病証について説明します。
陽、陰、表、裏の病証があり、その症状はそれぞれ特徴があります。
傷寒の病気を受ける事や、その症状が変化する事も色々あり一つではありません。
傷寒が発病したら、頭痛、発熱、自汗、悪寒が初めから現われる訳ではありません。
太陽に発する時は、熱があって寒気(さむけ)の症状が出ます。
太陰に発する時は悪寒の症状だけで熱は出ません。
陽に伝わる時は、潮熱(潮の満ち引きの様に時間経過とともに熱が上がったり下がったり)の症状が出ます。。
また、狂言(うわ言)の症状が現れます。
この時の脉状は、浮いて長い脉状です。
陰に伝わる時は舌強ばって諜れません。
また、手足が冷え、小便が大量に出過ぎるます。
この時の脉状は、沈で、細い脉状です。
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〈病位と治療〉
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傷寒の病気を治療する方法は色々ありますが、
慎重に患者の訴えを聞いて主訴と副訴の症状の改善点を明らかにします。
それと同時に、患者の身体を外から見て観察する望診を行います。
体格は、筋肉質・痩せ・中肉・肥満いずれか。栄養状態の良否。身体の動かし方。動作は遅速。その人の醸し出す雰囲気。精神状態、などを観察します。
東洋医学の専門的望診法として、十二経絡流注の虚実診・顔面診・尺部診・腹診・舌診をしてどこに問題が出ているかを診ます。
次に、主訴と副訴の症状から関係する部位の接触診をします。
そして、最後に脉診によって治療の基本方針を打ち立てます。
傷寒の症状が、体表に在る時は汗を出させる治療を行います。
傷寒の症状が、胸に在る時は吐かせる治療を行います。
傷寒の症状が、体内に在る時は大便を出させる治療を行います。
傷寒の症状が、体表と体内に在る時は和解の治療を行います。
傷寒の症状の存在する部位ごとに其々の治療法を行いなさいと。
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〈伝変の期と治療〉
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傷寒の病気に罹患した時から日数の経過とともにその時期に応じた治療の方法があります。
傷寒の病気に初めて罹患してから一日~三日の間は、病気は皮膚に在ります。
この時期の治療方法には漢方薬の麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類を服用させ傷寒邪を駆散させます。
汗が出て脉が静かに成れば病気は治ります。
ここでの治療のポイントは、
患者が汗をかいていれば桂枝を使い、汗がない時は麻黄を使います。
この治療法は漢方医、張仲景の処方理論です。
傷寒の病気に罹患した時から四日~五日の間は、病は胸膈(外)にある、胸膈に痰気が積もっているから胸苦しいので、爪帯豆豉(かていずし)の類(吐剤の薬で豆の煎じた物)で吐して治すことが出来ます。
傷寒の病気に罹患した時から六日~七日の間は、病、腹(裏)に入り、胃に伝え臓腑が結燥(乾き)狂言(うわ言)潮熱( が出たり下がったり)〔する〕その時は大黄、芒硝を使い下し治します。
これが東洋医学の漢方薬での古(いにしえ)の治療法です。
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〈陰厥と熱厥1〉
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傷寒の病気に罹患した日に、たちまち手足が冷たく成る症状があります。これを、名ずけて陰厥〔いんけつ〕病状と言います。
陰厥病状になり、意識不明で死にそうな時には丹田(気海)穴に、お灸をすえる治療法が効果的です。
又、傷寒の病気に罹患した日から暫くして微厥して逆上(のぼ)せ発熱症状が出る事があります。これを、名ずけて熱厥病状と言います。
熱厥病状で、熱 が甚(はなはだ)しく出て、舌が黒くなり、鼻が煤けた様な病状には、胸を冷やすのが良い治療方法です。
また、熱厥病状の治療法として、水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んでのせ、これを胸に掛け頻繁に交換して、以て熱気を抜去するも、良い治療法です。
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〈陰厥と熱厥2〉
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頭、顔、上部に気が逆上し手足が冷たく成る事を厥〔けつ〕症状と言いますが、
この様な厥症状にはならないで陽証に変化する事があります。
傷寒の病気が陽証に変化すると、胸腹部が悶〔もだ〕え苦しくなり、引きつる様な痛みが出て座っても寝ても痛みが改善しません。
この様な胸腹部の症状が出ている時はゆっくり日数をかけた治療をしないで、速やかに下剤の治療をしなさい。
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〈陰厥と熱厥3〉
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傷寒の病気に罹患した日から6~7日経ってくると便秘になり、食事が出来なくなります。
この様な時の脉状は、細緊の脉を打っています。この時は下剤の治療をします。
胸腹部の症状とは違って、頭痛し悪寒し首から上に汗が出ます。
或いは希薄な小便が出すぎる事があります。
これは表証に傷寒病状がまだ抜けていない為です。
この時は汗を出させる治療をします。
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〈逆治療と病証1〉
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傷寒の病状で、体内が冷え、表体が熱くなっているとき、
或は、体内が熱くなって、表体が冷えているとき、
この様な時の東洋医学の治療原則は、体内の方を整えてから、外の証を取ります。
裏を救って後、表を治すべし、つまり陰経を治療して陽経を治療します。
汗を出させる治療は正しい時に誤って下剤の治療をすると、
熱が体内に蓄積されて瘀血〔おけつ〕となり、発狂する場合もあります。
傷寒の病邪が胸部に集まり痞(つかえ)ると結胸となります。
結胸の症状は心下部が固く緊満し痛みます。
石の様に硬くなり手で押すことも触れる事も出来ません。
胸の痞だけなら固いが痛みはありません。
傷寒の病気と診断されても、薬は同じ種類ではありません。
傷寒の病気の治療をするに当たって、
下剤の治療をする所を誤って発汗の治療をすると身体を潤している津液(しんえき)が枯渇(こかつ)して身体が乾いてしまいます。
また、又腸の働きが悪くなり、譫語〔センゴ〕と言う戯言(たわごと)を話し出します。
譫語して声に力があれば実証と診ます。
声に力無く低い言葉を鄭聲(ていせい)と言い虚証と診ます。
傷寒の病気の治療をするに当たって、
若〔モ〕し吐す治療をする所を誤って、温める治療をすると毒の氣が胃に欝結(うつけつ)して身体に斑点が出ます。
その色が、錦紋の如く鮮やかな斑点なら病気は改善しますが、黒色の斑点なら死亡します。
病症を弁(わきま)えて正しい漢方薬を用いなさい。
この様に病証の陰陽虚実を弁(わきま)えて、病証の変化を観察して、審(つまび)らかに行なわないと、こうゆう風な誤った治療からたくさんの副作用が出ます。
このような副作用の病状を壊証傷寒(えしょうしょうかん)と言い、病状が甚だしいときは患者を救うことはできません。
この様に傷寒といっても軽々しく治療を行なってはいけないのです。
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〈逆治療と病証2〉
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傷寒の病気が治った後に、軽々しく補薬を継続服用さてはいけません。
病気をした後に、房室(房事)、労傷(疲れ)、飲食の過度を戒めています。
若し、これにより再発すれば、これは治りにくくなるのです。
病気は一度起こったら拗(こじ)らせないで治す事です。
傷寒の病症のほかに、四つの傷寒と相類する病証があります。
①脚気〔カッケ〕、
②痰飲(タンイン:水毒、経水の濁り)、
③食積(ショクサイ:食物が消化せず胸の消化管に残る)、
④虚煩(キョワズライ:疲れ、虚労)、
この四証が傷寒と似ているので、これらの症状を明らかにします。
脚気と傷寒の違いにつて説明します。
なんと無く重怠く軟らかい痛み、卒(にわ)かに立つと倒れる、これが脚気です。
痰飲と傷寒の違いにつて説明します。
痰飲という病状は、頭が痛まない、項(うなじ:後頸部)強張(こわばり)ません。これが痰飲です。
食積と傷寒の違いにつて説明します。
食積は体が痛まず、左手の脉(肝腎の脉)が穏やかに打っています。これが食積です。
虚煩と傷寒の違いにつて説明します。
虚煩は寒悪がなく、体が虚証の為に精神的疲れ肉体的疲れはありますが、体は痛みません。これが虚煩です。
こういう違いがあるありますから、決して誤って、傷寒の治療をしてはいけません。
病気の変化した症状一つだけで治療法を決めないこと。
治療法について一言いっておきますが、慌てて簡単に治療をしないようにしなさい。
傷寒の病やその類似する病の治療法を考察するときは、傷寒論だけでなく東洋医学の治療理論全般を駆使して治療に当たりなさい。
感冒と傷寒は治療法が同じで、いずれも同じ寒邪を受けているますが、但し軽重の別があります。
症状の重いものを傷寒と言い、症状の軽いものを感冒と言います。
感冒の中には、風(ふう)証あり、寒(かん)証あり。
又詳 (つまび)らかに別けて考えなければなりませ。
感冒の中には、寒と風があります。
寒に感じる時は、悪寒(オカン:暖まっても身震いする)面色暗惨の症状で顔面が寒々として煤けた様な黒色になります。
また、項背拘急(こうはいこうきゅう)の症状で項(うなじ)や背中が固くつっぱる 、或いは頭痛、発熱の症状が出る。
この時の脉状は、沈遅の脉を打っています。
この時の漢方治療薬は、五積散〔ゴシャクサン〕、蕾香正気散〔カッコウショウキサン〕養胃湯〔ヨウイトウ〕を以てこれを表体から発散させます。
感冒の中には、寒と風があります。
風に感じる時は、悪風の症状で火の側では寒さ落ち着き風が吹くと身震いします。
顔色に光浮(こうふ:腫れた様な光沢あり)の症状が現われます。また身体が発熱し瘧(おこり)の症状が出ます。
また、鼻が塞がり、声が重く嗄(しゃが)れるます。時に清涕(せいてい:鼻水)が出ます。
あるいは、咳と唾〔つば〕が出ます。或は、稠粘(ちょうねん:唾が粘っこい)くなります。
この時の脉状は、多くは浮数の脉を打っています。
この時の漢方治療薬は、十神湯〔ジュッシントウ〕、敗毒散〔ハイドクサン〕を以て治療します。
感冒の病証で寒と風が合わせて侵入した時の漢方治療薬は、和解〔ワカイ〕の薬を用います。瀉法でなく補法の治療法を行います。
治療所の注意、
身体が体が虚している人には、熱があっても熱を下げてはいけません。
瀉法の薬を用いない。
瀉法すると別な病気になるが、これは後で述べます。

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以上で、第五、傷寒の解説を終わります。
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南北経驗醫方大成、第五、傷寒 の詳細解説コーナー

第五、傷寒 の原文・訳文・解説

< >は内容分類文です。
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〈傷寒の説明〉〈寒邪を受ける者〉〈熱の発生〉〈温病(うんびょう)〉
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原文:傷寒之證、
訳文:傷寒の証、
解説:傷寒(しょうかん)の病気について説明します。
原文:固有天疫流行、一時所感病、無老少、卒相似者。
訳文:固(まこと)に天疫流行して一時に感ずる所の病、老少と無く、率(おお)むね相似る者あり。
解説:
傷寒(しょうかん)の病気は、
古(いにしえ)の言葉で言えば、流行(はや)り病(やまい)や疫病(えきびょう)です。
ひと言で表わすと天疫(てんえき)と呼ばれていました。
現代では冬のインフルエンザやノロウイルスなどの流行性感冒(風邪)のことです。
これら流行性感冒(風邪)は幼児から高齢者まで年齢に関係なく罹患(りかん)し症状も同じです。
原文:然多是、體虚労役之人、冬月、衝斥道途不謹調護、以至爲風寒所傷。
訳文:然れども多くは、是れ体虚、労役の人、冬月、道途に衝斥して調護を謹しまずして、以て風寒の為に傷(やぶ)らるるに至る。
解説:
それは、誰でもが傷寒の病気(流行性感冒)に罹患(りかん)するわけではありません。
罹患する人のタイプは、体力や免疫力が低下した人。仕事のしずぎで疲れたいる人。
冬の寒い時期に長時間歩き回り身体が冷えた人。また防寒の備えをしなかった人。
これらの人達が寒い風に晒されて流行性感冒(風邪)の「傷寒の病気」に罹患するのです。
原文:其毒臓伏於内、不即發見。
訳文:其の毒、内に臓伏して即(すなわ)ち発見せざる。
解説:
ところが、身体の中に「傷寒の病気」が侵入していても、自覚症状なくて、病気が表に出ない場合があります。
原文:或爲熱所撃摶、然後發而爲。
訳文:或いは熱の為に撃摶(ゲキタン)せられて、然(シカ)して後に発して病を為す。
解説:
私たちの体内の熱は、身体を護(まも)り調和するエネルギー源です。
この熱で「傷寒の病気」押さえています。
そして、一つの季節を超えてその後に病気が出る場合があります。
原文:病故經云。冬感寒春發温者、是也。
訳文:故(ユエ)に経に云う。冬、寒に感じて、春、温を発すという者、是れ也
解説:
東洋医学の病理観察理論では、冬に「傷寒の病気」に侵入され、春に発病する病気の事を「温病(うんびょう:ブラブラ病)」と言います。
温病の症状は次の様なものです。
体が怠い、熱つぽい、眠れない、食べられない等、決められた病名でなく症状的なものです。
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈外邪を受ける者》p62-
所謂、天疫流行して一時に感ずる病は、老いも少きも無く概ね似て来るものです。
冬月(冬)、道途に(道を歩いていて)衝斥(ショウセッ:寒さに中って)、
外邪はいつもあり寒いのは皆同じじだが病気になるのは、体虚(体が虚している人)労役(疲れている人)が罹〔かか〕る。
又調護謹しまず
(体の護〔まも〕りを知らなかった人)がと二重に言っているのです。
体虚、労役の人とは、
自分で解かれば疲れない方法を取るが、本当に虚してくると病気してるのが解からず体の護りをしない。
俺は大丈夫というのが危ない。
働けば疲れるのが本当です。
それが解からず風寒に傷〔やぶ〕られる。
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〈 温病(うんびょう)〉p62-
傷られた事が体内に隠れて外に現れず解からない。
又、熱は我々の体を護り調和するエネルギー源ですが、あまり多く出ると我々の機能が消耗される。
冬に罹り解からないでいるか、熱の為に解からなくなり春に出て来る。
これを温病(ブラブラ病)といい、体が怠い、熱つぽい、眠れない、食べられない等、決められた病名でなく症状的な物です。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈傷寒の説明〉p60-
傷寒の証というのは天疫流行、即(すなわ)ち我々が風邪、暑さ、その他の外邪にあてられ流行して、この病をなす。
傷寒の言葉は素問時代からあるが、現代の「傷寒論」と傷寒は別に考えた方がよい。
古典の中で病の起こる原因として、
劉河間は熱、朱丹溪は痰、李東垣は脾胃、張仲景は傷寒と、住んでいた時代と風土により病因を一つに考えているのです。
ところが傷寒論が古方派として日本だけでなく中国でも流行したため後世派の人も無視出来なく無理に傷寒論と傷寒を一緒にしたのです。
本当は寒め中で中寒、傷寒として解くのが正しいのです。
今は病理観念が鍼灸と湯液では違っているが東洋医学として大成される時、一つにまとまる時代が来なければならないのです。
ここでは
傷寒は寒に傷(やぶ)られ、中寒は寒に中(あて)られると考えているが、これを黄帝内経・素問(こうていだいけい・そもん)でいえば、傷寒は寒が経絡にあたり、中寒は臓腑に中ると考えているのです。
傷寒とは素問では熱の出る病気をいい、「註証発微」では寒に傷られて熱病になったと考えます。
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《熱の発生〉p61-
寒が外から来ると陽気(体温)が外に出れなく内に鬱(うつ)し、これが伝わり熱になる。
寒少なければ熱、中和するが寒盛んになるほど熱生じる。
我々の体には適当な熱がある。三十六度の人は三十六度、三十七度の人は三十七度、それが健康です。
それから上下する事、虚実とはそういう物です。
陰陽寒熱等のバランスは、どれだけが良いのでなく〔シーソーのように〕平行すればよいのです。
熱が寒に傷られても陽気、鬱しなければよく、又外から寒邪が来ると内から押しのけようとする。これが熱だとも言える。
熱が出るのがいい場合と悪い場合とがあるのです。
ここでいう寒散ずれば陽気もれ熱、自ら出ていく。
散ずるは瀉す事で、熱を瀉すのでなく寒を瀉すから熱が出ていくのです、
熱は体のエネルギー源です。
熱が無くなると人間は死ぬのです。
我々は熱を診て外邪を認あているのです。
だから瀉法に気をつけるのは外邪を取る為、熱迄取ったらだめなのです。
手法は瀉法は易しいが、結果として難しいのはこの為です。
補法は手法は難しいが、いくらやっても害にならないが、補法をやっているのに瀉法になって間違って来るのです。
〈病位の症状〉
¨
原文:其爲證、有陽、有陰、有表、有裏、又当當知、受病不同、
訳文:其の証たる事、陽あり、陰あり、表あり、裏あり、又当〔マサ〕に知るべし、病を受くる事同じからず、
解説:
傷寒の病証について説明します。
陽、陰、表、裏の病証があり、その症状はそれぞれ特徴があります。
原文:傳變不一、其發也、未有不自頭疼、發熱、自汗、悪寒而始者。
訳文:伝変一ならざるや、その発する所.未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒して始めるという者あらず。
解説:
傷寒の病気を受ける事や、その症状が変化する事も色々あり一つではありません。
傷寒が発病したら、頭痛、発熱、自汗、悪寒が初めから現われる訳ではありません。
原文:若發於太陽即熱而悪寒。
訳文:若〔モ〕し太陽に発すれば即ち熱して悪寒〔オカン〕す。
解説:
太陽に発する時は、熱があって寒気(さむけ)の症状が出ます。
原文:發於太陰、止悪寒而不發熱也、
訳文:太陰に発すれば、ただ悪寒して熱を発せざるなり、
解説:
太陰に発する時は悪寒の症状だけで熱は出ません。
原文:傳陽則、潮熱、狂言如有所見、其脉多長浮。
訳文:陽に伝わる時は、潮熱、狂言して所見あるが如〔ゴト〕く、其の脉、多くは長、浮なり。
解説:
陽に伝わる時は、潮熱(潮の満ち引きの様に時間経過とともに熱が上がったり下がったり)の症状が出ます。。
また、狂言(うわ言)の症状が現れます。
この時の脉状は、浮いて長い脉状です。
原文:變陰則、舌強不語、手足厥冷多有自利、其脉多沈細。
訳文:陰に変ずる時は、舌強ばって語らず、手足厥冷〔ケツレイ〕し多は自利する事あり、其の脉、多くは沈、細なり。
解説:
陰に伝わる時は舌強ばって諜れません。
また、手足が冷え、小便が大量に出過ぎるます。
この時の脉状は、沈で、細い脉状です。
¨
〈病位の疲状〉 p62-
傷寒が起こると証はどこに現れるか。
陰陽表裏にある。
病を受ける事、伝変する事も色々あり一つでない。
その発するや、未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒してそれより始める事はない。
太陽に発する時は、熱があって寒気(さむけ)がする。
太陰に発する時は悪寒だけで熱がない。
陽に伝わる時は、潮熱(潮の様に時をして熱が上下する)。狂言(うわ言)の症が現れ、脉は浮いて長い。
陰に変ずる時は、舌強ばって語らず、手足厥冷〔ケツレイ〕し多は自利する事あり、其の脉、多くは沈、細なり。
〈病位と治療〉
¨
原文:傷寒爲治、雖曰有法、
訳文:傷寒の治を為す事、法有りと雖(いえど)も、
解説:
傷寒の病気を治療する方法は色々ありますが、
原文:又須問證以察於外、脉切以審於内
訳文:又須(すべから)く証を問うて以て外を察し、脉を切し内を審(つまび)らかにすべし。
解説:
慎重に患者の訴えを聞いて主訴と副訴の症状の改善点を明らかにします。
それと同時に、患者の身体を外から見て観察する望診を行います。
体格は、筋肉質・痩せ・中肉・肥満いずれか。栄養状態の良否。身体の動かし方。動作は遅速。その人の醸し出す雰囲気。精神状態、などを観察します。
東洋医学の専門的望診法として、十二経絡流注の虚実診・顔面診・尺部診・腹診・舌診をしてどこに問題が出ているかを診ます。
次に、主訴と副訴の症状から関係する部位の接触診をします。
そして、最後に脉診によって治療の基本方針を打ち立てます。
原文:故在表宜汗之、
訳文:故に表に在らば之を汗すべし、
解説:
傷寒の症状が、体表に在る時は汗を出させる治療を行います。
原文:在上宜吐之、
訳文:上に在らば之を吐すべし、
解説:
傷寒の症状が、胸に在る時は吐かせる治療を行います。
原文:在裏宜下之
訳文:裏に在らば宜しく下すべし、
解説:
傷寒の症状が、体内に在る時は大便を出させる治療を行います。
原文:在半表半裏者和解之、
訳文:半表半裏に在らば多く和解せよ、
解説:
傷寒の症状が、体表と体内に在る時は和解の治療を行います。
原文:此固一定之法。
訳文:此れ固〔まこと〕に一定の法なり。
解説:
傷寒の症状の存在する部位ごとに其々の治療法を行いなさいと。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈病位と治療〉  p63-
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〔解説〕
傷寒を治療する方法は色々あるが、須(すべから)く証を聞いて〔問診〕外を察し〔望診〕、脉を切し(脉診)以て内を審(つまび)らかにすべし。
〔傷寒の邪が〕
表に在る時は汗を出させる。
上に在る時は吐かせる。上の意味は上(胸)中(腹)下(下腹)と考えればよい。
裏に在る時は下す。
半表半裏に在る時はに和解せよ。 此れ固〔まこと〕に一定の法なりと。
ここで表とか裏とか半表半裏ですが、内外表裏の病位の考え方で―内(臍の下)外(胸郭)表
(皮膚)裏(上腹)の分け方です。
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〈伝変の期と治療〉
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原文:然又、須考得病之日、傳變之期、方可施治。
訳文:然れども、又、須(すべから)く病を得る、これに伝変の期を考えて、まさに治すべし。
解説:
傷寒の病気に罹患した時から日数の経過とともにその時期に応じた治療の方法があります。
原文:一日至三日、 病在皮膚者、
訳文:一日より三日に至って病、皮膚に在る。
解説:
傷寒の病気に初めて罹患してから一日~三日の間は、病気は皮膚に在ります。
原文:爲表宜麻黄桂枝之類、寒邪駆散。
訳文:麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類にて寒邪を駆散すべし。
解説:
この時期の治療方法には漢方薬の麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類を服用させ傷寒邪を駆散させます。
原文:得汗之後、 脉静爲癒、
訳文:汗を得て後に脉、静かなるは癒(いえ)るとなす。
解説:
汗が出て脉が静かに成れば病気は治ります。
原文:有汗不得服麻黄、無汗不得服桂枝、
訳文:汗あらば麻黄を服することを得ず、汗なくば桂枝を服することを得ず。
解説:
ここでの治療のポイントは、
患者が汗をかいていれば桂枝を使い、汗がない時は麻黄を使います。
原文:仲景至切之論。
訳文:張仲景が至切の論なり。
解説:
この治療法は漢方医、張仲景の処方理論です。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈 伝変の期と治療 〉P63下段より。
〔訳文〕
「 然れども、又、須(すべから)く病を得る、これに伝変の期を考えて、まさに治すべし。」
〔解説〕
ここから傷寒論的考え方です。
¨
〔訳文〕
「 一日より三日に至って病、皮膚に在る。
麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類にて寒邪を駆散すべし。
汗を得て後に脉、静かなるは癒(いえ)るとなす。
汗あらば麻黄を服することを得ず、汗なくば桂枝を服することを得ず。
張仲景が至切の論なり。」
〔解説〕
これは傷寒論の少陽病と太陽病を一つにまとめ、傷寒論独特の治療の考え方です。
病の起こった日と伝変の時期を考えて治療を施すべきである。
傷寒〔の邪〕を受け一日~三日の間は、病は皮膚に在るので麻黄、桂枝を使い、汗が出て脉、静かに成れば必ず治る。
汗があったら桂枝を使い、麻がない時は麻黄を使う。〔汗が出ている時は麻黄は禁忌です。〕
この方法は張仲景の論である。
¨
原文:不可不謹、四日五日之間、病在胸郭、痰気緊満於上、當以爪帯豆豉之類、吐之而癒。
訳文:謹〔つつし〕まずべからず、四日~五日の間は、病は胸膈にあり、痰気、上に緊満せば、当に爪帯豆豉(かていずし)の類を以て、これを吐して癒(いやす)べし。
解説:
傷寒の病気に罹患した時から四日~五日の間は、病は胸膈(外)にある、胸膈に痰気が積もっているから胸苦しいので、爪帯豆豉(かていずし)の類(吐剤の薬で豆の煎じた物)で吐して治すことが出来ます。
原文:六日七日 之間、其病入腹、傳胃臓腑結燥、狂言潮熱、須大黄芒硝之類、下之而癒
訳文:六日、七日の間、其の病、腹に入り、胃に伝え臓腑結燥し、狂言、潮熱すれば、須らく、大黄、芒硝の類にて、これを下し癒べし、
解説:
傷寒の病気に罹患した時から六日~七日の間は、病、腹(裏)に入り、胃に伝え臓腑が結燥(乾き)狂言(うわ言)潮熱( が出たり下がったり)〔する〕その時は大黄、芒硝を使い下し治します。
原文:古今治法。
訳文:古今の方なり。
解説:
これが東洋医学の漢方薬での古(いにしえ)の治療法です。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕
「 謹〔つつし〕まずべからず、四日~五日の間は、病は胸膈にあり痰気、上に緊満せば当に爪帯豆豉(かていずし)の類を以て、これを吐して癒(いやす)べし」
〔解説〕
病が起こり四日~五日の間は、病は胸膈(外)にある、胸膈に痰気が積もっているから胸苦しいので、爪帯豆豉(かていずし)の類(吐剤の薬で豆の煎じた物)で吐して癒る事ができる。
¨
〔訳文〕〔〕
「 六日、七日の間、其の病、腹に入り、胃に伝え臓腑結燥し狂言、潮熱すれば大黄、芒硝の類にて、これを下し癒べし、古今の方なり。」
〔解説〕
病が起こり六日~七日の間は、病、腹(裏)に入り、胃に伝え臓腑が結燥(乾き)狂言(うわ言)潮熱( が出たり下がったり)〔する〕その時は大黄、芒硝を使い下し治す、古今の方なり。
〈陰厥と熱厥1〉
¨
原文:總曰如此、却又得有病之日、便四肢厥冷、名爲陰厥。
訳文:總(すべ)ていわく、この如く却(さつ)て又、病を得るの日、便(すなわ)ち四肢厥冷する事あり、名ずけて陰厥〔インケツ〕と為す。
解説:
傷寒の病気に罹患した日に、たちまち手足が冷たく成る症状があります。これを、名ずけて陰厥〔いんけつ〕病状と言います。
原文:欲絶者、丹田氣海穴灸之。
訳文:絶せんと欲するものは丹田(気海)の穴に、灸すべし。
解説:
陰厥病状になり、意識不明で死にそうな時には丹田(気海)穴に、お灸をすえる治療法が効果的です。
原文:又有經日微厥而後、發熱者爲熱厥。
訳文:又日を経て微厥して後に発熱するもの在り熱厥と為す。
解説:
又、傷寒の病気に罹患した日から暫くして微厥して逆上(のぼ)せ発熱症状が出る事があります。これを、名ずけて熱厥病状と言います。
原文:熱甚舌黒鼻煤者、〔胸冷治。〕
訳文:熱、甚(はなはだ)しくて舌黒く鼻、煤けたる ものは、
解説:
熱厥病状で、熱 が甚(はなはだ)しく出て、舌が黒くなり、鼻が煤けた様な病状には、胸を冷やすのが良い治療方法です。
原文:今人、多以水潰布帛、重疊搭之於、胸頻頻更換、 以抜去熱氣、亦、良療法也。
訳文:今の人、多くは水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んでのせ、これを胸に掛け頻頻(びんびん)に更換して、以て熱気を抜去するも、又良療法なり。
解説:
また、熱厥病状の治療法として、水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んでのせ、これを胸に掛け頻繁に交換して、以て熱気を抜去するも、良い治療法です。
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈 陰厥と熱厥 1〉P64上段より。
〔訳文〕
「 總(すべ)ていわく、この如く却(さつ)て又、病を得るの日、便(すなわ)ち四肢厥冷する事あり、名ずけて陰厥〔インケツ〕と為す。
絶せんと欲するものは丹田(気海)の穴に、灸すべし。
又日を経て微厥して後に発熱するもの在り熱厥と為す。
熱、甚(はなはだ)しくて舌黒く鼻、煤けたる ものは、今の人、多くは水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んで、
これを胸に掛け頻頻(びんびん)に更換して、以て熱気を抜去するも、又療法なり。」
〔解説〕
総(すべ)て、この如く却って、病を得るの日(起こった日に)たちまち四肢厥冷(手足冷たく成る)これを、名ずけて陰厥〔いんけつ〕いう。
絶せんと欲する者は(意識不明で死にそうな時に)丹田(気海)穴に、灸すえればいよい。
又 を経だてて(暫くして)微厥して逆上(のぼ)せ発熱する者がある。
これは熱厥といい、熱 甚(はなはだ)しく、舌黒く、鼻煤けた物〔者〕は、胸を冷やすのが良い方法です。
〈陰厥と熱厥2〉
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原文:又有之厥而、即變陽證、
訳文:又厥せずして、即ち陽証に変ずる事あり、
解説:
頭、顔、上部に気が逆上し手足が冷たく成る事を厥〔けつ〕症状と言いますが、
この様な厥症状にはならないで陽証に変化する事があります。
原文:或胸腹心悶、牽引疼痛、目ト座臥不安、
訳文:或いは胸腹、心悶し、牽引疼痛、座臥安からず、
解説:
傷寒の病気が陽証に変化すると、胸腹部が悶〔もだ〕え苦しくなり、引きつる様な痛みが出て座っても寝ても痛みが改善しません。
原文:胃気喘息則、又不可拘以日数、即宜下之。
訳文:胃気、喘息する時は、即ち拘(かか)わる日数を以ってすべからず、即ち宜しく、これを下すべ し。
解説:
この様な胸腹部の症状が出ている時はゆっくり日数をかけた治療をしないで、速やかに下剤の治療をしなさい。
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第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕  P64下段より。
「 又厥せずして、即ち陽証に変ずる事あり、或いは胸腹、心悶し牽引疼痛、座臥安からず、胃気、喘息する時は、即ち拘(かか)わる日数を以ってすべからず、即ち宜しく、これを下すべ し。」
〔解説〕
〔厥〔けつ〕とは、頭、顔、上部が逆上せ、手足が冷たく成る症状・・〕
厥せず(この様にならないで)陽証に変ずる事あり、或いは胸や腹が非常に悶〔もだえ〕苦 む。
牽引疼痛(引きつる様な痛み)、座臥安からず(座っても寝てもそうなる)、胃気、喘 する物は(腹の中でゼーゼーいう)即ち日数に拘(かか)わらず出来ない時は下すのがよい。
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〈陰厥と熱厥3〉
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原文:又有六-七日大府結燥上不能食、
訳文:又、六、七日大府結燥して上に食する事能(あた)はず。
解説:
傷寒の病気に罹患した日から6~7日経ってくると便秘になり、食事が出来なくなります。
原文:其脉細緊、 皆曰當下、
訳文:其の脉、細緊なる。皆いわく下すべし。
解説:
この様な時の脉状は、細緊の脉を打っています。この時は下剤の治療をします。
原文:却有頭痛 悪寒頂上有汗。
訳文:却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り。
解説:
胸腹部の症状とは違って、頭痛し悪寒し首から上に汗が出ます。
原文:或小便清利、乃表証未除仍宜汗之。
訳文:或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除(の)かず、即ちこれ宜しく汗すべし。
解説:
或いは希薄な小便が出すぎる事があります。
これは表証に傷寒病状がまだ抜けていない為です。
この時は汗を出させる治療をします。
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第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕
「 又、六、七日大府結燥して上に食する事能(あた)はず。其の脉、細緊なる。皆いわく下すべし。
却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り。或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除(の)かず、即ちこれ宜しく汗すべし。」
〔解説〕
病になり6~7日経ってくると大府結燥する(大便が停滞する)上に食する事能ず(食事が出来ない)。其の脉、細緊なる物は皆いわく下すべし。
却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り(首から上に汗が有る)。
〔或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち〕表証いまだ除かず(〔この時は病状がまだ〕抜けていない)、この時は発汗剤をやる。
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〈逆治療と病証1〉
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原文:或裏寒表熱、或裏熱表寒、皆當先救其裏、後治其表。
訳文:或いは裏冷えて表熱し、或いは裏熱し表冷えば、皆当に先んず其の裏を救って、後に其の表を治すべし。
解説:
傷寒の病状で、体内が冷え、表体が熱くなっているとき、
或は、体内が熱くなって、表体が冷えているとき、
この様な時の東洋医学の治療原則は、体内の方を整えてから、外の証を取ります。
裏を救って後、表を治すべし、つまり陰経を治療して陽経を治療します。
原文:應汗而反下之則、熱蓄於裏、或爲瘀血 、發而爲狂證者有之。
訳文:まさに汗すべきを反(かえ)って、これを下す則〔トキ〕は、熱、裏に蓄えて、或いは瘀血〔おけつ〕と為り、発して狂証と為る者、これ有り。
解説:
汗を出させる治療は正しい時に誤って下剤の治療をすると、
熱が体内に蓄積されて瘀血〔おけつ〕となり、発狂する場合もあります。
原文:結而爲痞爲結胸者有之、結胸者、心下緊満而痛、按之如石手不可近。
訳文:結して痞(つかえ)と為り、結胸と為る者これ有り。結胸は心下、緊満して痛む。これを按ぜば石の如くにして近づくべからず。
解説:
傷寒の病邪が胸部に集まり痞(つかえ)ると結胸となります。
結胸の症状は心下部が固く緊満し痛みます。
石の様に硬くなり手で押すことも触れる事も出来ません。
原文:痞者但緊満而不痛。
訳文:痞〔ツカ〕えはただ緊満して痛まず。
解説:
胸の痞だけなら固いが痛みはありません。
原文:證雖相類用藥却有不同。
訳文:証、相類(そうるい)すと雖(いえど)も薬を用いるに却(かえ)って同じからざる事あり。
解説:
傷寒の病気と診断されても、薬は同じ種類ではありません。
原文:若應下而反汗之、則津液枯渇。
訳文:若し当に下すべきを反ってこれを汗する則は津液(しんえき)、枯渇(こかつ)す。
解説:
傷寒の病気の治療をするに当たって、
下剤の治療をする所を誤って発汗の治療をすると身体を潤している津液(しんえき)が枯渇(こかつ)して身体が乾いてしまいます。
原文:又有亡陽譫語者、譫語爲實鄭聲為虚。
訳文:又亡陽、譫語(せんご)するもの有り譫語を実と為し、鄭聲(ていせい)を虚と為す。
解説:
また、又腸の働きが悪くなり、譫語〔センゴ〕と言う戯言(たわごと)を話し出します。
譫語して声に力があれば実証と診ます。
声に力無く低い言葉を鄭聲(ていせい)と言い虚証と診ます。
原文:若應吐而反温之則、毒氣欝結、於胃發而爲斑、
訳文:若し当に吐すべきを反ってこれを温むる則、毒氣、胃に欝結(うつけつ)して、発して斑を為す。
解説:
傷寒の病気の治療をするに当たって、
若〔モ〕し吐す治療をする所を誤って、温める治療をすると毒の氣が胃に欝結(うつけつ)して身体に斑点が出ます。
原文:其色如錦紋者生。黒者即死。
訳文:其の色、錦紋の如くなる者は生く、黒き者は即ち死す。
解説:
その色が、錦紋の如く鮮やかな斑点なら病気は改善しますが、黒色の斑点なら死亡します。
原文:臨證用藥。
訳文:証に望んで薬を用いよ。
解説:
病症を弁(わきま)えて正しい漢方薬を用いなさい。
原文:若不辧其陰陽、観其傳變、審而行之則、必致錯乱恠證百出、
訳文:若し其の陰陽を弁じ、其の伝変を観、審らかにしてこれを行なわざる則は、必ず錯乱を致して恠(かい)証百(もも)に出(い)で、
解説:
この様に病証の陰陽虚実を弁(わきま)えて、病証の変化を観察して、審(つまび)らかに行なわないと、こうゆう風な誤った治療からたくさんの副作用が出ます。
原文:流而爲壊證傷寒、甚至不救。
訳文:流して壊証(えしょう)の傷寒と為り、甚(はなはだ)しうして救わざるに至る。
解説:
このような副作用の病状を壊証傷寒(えしょうしょうかん)と言い、病状が甚だしいときは患者を救うことはできません。
原文:以此傷寒一證、不可不謹。
訳文:これを以て傷寒の一証、謹(つつし)まざるべからず。
解説:
この様に傷寒といっても軽々しく治療を行なってはいけないのです。
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〈 逆治療と病証 1〉 P64下段より。
〔訳文〕
「 或いは裏冷えて表熱し、或いは裏熱し表冷えば、皆当に先んず其の裏を救って、後に其の表を治すべし。
まさに汗すべきを反(かえ)って、これを下す則〔トキ〕は、熱、裏に蓄えて或いは瘀血〔おけつ〕と為り発して狂証と為る者、これ有り。
結して痞(つかえ)と為り結胸と為る者これ有り。結胸は心下、緊満して痛む。これを按ぜば石の如くにして近づくべからず。
痞〔ツカ〕えはただ緊満して痛まず。証、相類(そうるい)すと雖(いえど)も薬を用いるに却(かえ)って同じからざる事あり。
若し当に下すべきを反ってこれを汗する則は津液(しんえき)、枯渇(こかつ)す。
又亡陽、譫語(せんご)するもの有り譫語を実と為し、鄭聲(ていせい)を虚と為す。
若し当に吐すべきを反ってこれを温むる則、毒氣、胃に欝結(うつけつ)して、発して斑を為す。
其の色、錦紋の如くなる者は生く、黒き者は即ち死す。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、其の伝変を観、審らかにしてこれを行なわざる則は、必ず錯乱を致して恠(かい)証百(もも)に出(い)で、流して壊証(えしょう)の傷寒と為り、甚(はなはだ)しうして救わざるに至る。
これを以て傷寒の一証、謹(つつし)まざるべからず。」
〔解説〕P65上段より。〈 逆治療と病証 1〉
裏冷え、表熱し、裏を救って後、表を治すべし。
これは薬でも鍼でも同じですが、
体の方を整えてから、外の証を取れという事です。陰を治療して陽を治療する。
汗するに下すとどうなるか。熱を裏に蓄えて瘀血〔おけつ〕と為り、キチガイの基になる。
結〔けっ〕して(結〔むす〕ばれて)痞(つかえ)となる。
結胸となる(心下、緊満し痛む、胸が固くなり押すと痛み)石の如く手を近づける事が出来ない(押すと痛いので触れられない程度、痛い事)
痞(つかえ)と いうのは固いが痛くない物。
証が同じ様でも薬は同じではない。
下すのを汗したらどうなるか。津液(しんえき)、枯渇(こかつ)する(体が乾く、又亡陽(腸が無くなる)、
譫語〔センゴ〕する者あり(暴れなく口だけ喋る、戯言(たわごと))
譫語(声を発して力あり)を実となし、
鄭聲(ていせい)(声を発するが力無く低い言葉)を虚となす。
何れも言葉にならない、聞いた事に対する返事でなく、その場で必要以外のことを喋る事、鄭聲の方が重い。
若〔モ〕し吐すべきを温めた時は、毒氣、胃に欝積)し、斑点が出る。
其の色 、錦紋の如く鮮やかなる者は生く、黒き者は死ぬ。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、伝変を観、審らかに行なわないと、こうゆう風な錯乱をおこす。
これを 、壊証傷寒〔エショウ ショウカン〕という。
だからこそ証を診て下すべきは下し、汗する時は汗しなくてはいけない。
この様に傷寒といっても軽々しく行なってはいけないのです。
¨
〈逆治療と病証2〉
¨
原文:病癒之後、切不可輕用補藥。
訳文:病、癒えての後、切に軽々しく補薬を用ゆべからず。
解説:
傷寒の病気が治った後に、軽々しく補薬を継続服用さてはいけません。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
● 説明  p66 上段-
病が治った後に、薬をやりたがるのを忌ましめている。
「切に」(かりそめにも)「軽々しく補薬を用ゆべからず」
傷寒の病症である、悪寒、発熱、痛みが治っても少し常のようでなく 、微熱、体が怠い、物に怯える、それを傷寒の薬だといって補薬を使うのは良くない。
¨
原文:尤忌房室労傷飲食過度、倘困之再作、 未易治也。
訳文:尤(もっと)も、房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治し易からず也。
解説:
病気をした後に、房室(房事)、労傷(疲れ)、飲食の過度を戒めています。
若し、これにより再発すれば、これは治りにくくなるのです。
病気は一度起こったら拗(こじ)らせないで治す事です。
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
 ● 病は拗(こじ)らせない。   P67下段より。
〔訳文〕「房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治しか らず也。」
〔解説〕
病をした後に、房室(房事)、労傷(疲れ)、飲食の過度を戒める。
これは傷寒だけでなく全てに言える事です。
若し、これにより再作(再発)すれば、これは治りにくくなる。
病気は一度起こったら拗(こじ)らせないで治す事です。
鍼灸家の所に来る患者は医者が拗らせているので治りづらい。
我々の腕が悪いのではないのです。そう思う事です。
¨
原文:致有脚気、痰飲 、食積、虚煩、四證、與傷寒相類。更宜審之。
訳文:脚気〔カッケ〕、痰飲、食積、虚煩の四証あり、傷寒と相類する也。更に宜しく之を審らかにすべし。
解説:
傷寒の病症のほかに、四つの傷寒と相類する病証があります。
①脚気〔カッケ〕、
②痰飲(タンイン:水毒、経水の濁り)、
③食積(ショクサイ:食物が消化せず胸の消化管に残る)、
④虚煩(キョワズライ:疲れ、虚労)、
この四証が傷寒と似ているので、これらの症状を明らかにします。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より

寒と似ている四病症    P67下段より。

〔訳文〕「脚気、痰飲、食積、虚煩の四證に傷寒と相類する事、有るを致す。」

〔解説〕
傷寒の病症のほかに、
①脚気、
②痰飲(水毒、経水の濁り)、
③食積(食物が消化せず胸の消化管に残る)、
④虚煩(疲れ、虚労)、
この四症が傷寒と似ているので、之を審らかにすべし
¨
原文:但脚気則、脚膝軟痛、卒起即倒。
訳文:但し脚気は即ち脚、膝 軟痛し、卒(にわ)かに起きてば即ち倒れる。
解説:
脚気と傷寒の違いにつて説明します。
なんと無く重怠く軟らかい痛み、卒(にわ)かに立つと倒れる、これが脚気です。
原文:痰飲則頭不痛 、項不強。
訳文:痰飲は則ち頭痛まず、項(うなじ)強張らず。
解説:
痰飲と傷寒の違いにつて説明します。
痰飲という病状は、頭が痛まない、項(うなじ:後頸部)強張(こわばり)ません。これが痰飲です。
原文:食積則身不痛、左手脉平和。
訳文:食積は則ち身痛まず、左手の脉、平和也。
解説:
食積と傷寒の違いにつて説明します。
食積は体が痛まず、左手の脉(肝腎の脉)が穏やかに打っています。これが食積です。
原文:虚煩則不悪寒、身不痛爲異。
訳文:虚煩は即ち寒さ悪(にく)まず、身痛まざるを異なりと為す。
解説:
虚煩と傷寒の違いにつて説明します。
虚煩は寒悪がなく、体が虚証の為に精神的疲れ肉体的疲れはありますが、体は痛みません。これが虚煩です。
原文:決不可有誤作、傷寒治之。
訳文:決して誤って、傷寒と作(なし)て之を治すること有る可からず。
解説:
こういう違いがあるありますから、決して誤って、傷寒の治療をしてはいけません。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕「但し脚気と傷寒の違い、脚、膝が軟痛する」
〔解説〕
脚(足)、膝、軟痛(緩〔ゆる〕める途と痛い)これは虚痛、
上がる時、力が入り膝が痛いのは実痛、
下る時、力を緩め痛いのは虚痛、この虚痛が多く治りずらい。
実痛は唯鍼を刺しても治るが、虚痛は刺しすぎると治らない。
①なんと無く重怠く軟らかい痛み、卒(にわ)かに立つと倒れる、これが脚気です。
②痰飲というの頭が痛まない、項(うなじ:後頸部)強張らず(固くならない)。
③食積は体が痛まず、左手の脉(肝腎の脉)、平和である。
④虚煩は寒悪せず(寒気がない)、体の虚証、精神的、肉体的疲れ、体痛まず。
こういう違いがある。決して誤って、傷寒と治す事の無い様に。
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原文:其中變易、非止一端。
訳文:其の中(あた)ること変易すること、止(ただ)一端に非ず。
解説:
病気の変化した症状一つだけで治療法を決めないこと。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕「其の中(あた)る事、変容する事、止(ただ)一端に非ず。」
〔解説〕其の中る事(病気の変化した症状一つだけで決めない)、
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原文:茲略擧其説、以備倉卒、
訳文:茲(ここ)は、略(ほぼ)その説を挙げて以〔モッ〕て倉卒〔ソウソツ:軽く〕に備うるのみ、
解説:
治療法について一言いっておきますが、慌てて簡単に治療をしないようにしなさい。
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第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕「茲(ここ)は、略(ほぼ)その説 を挙げて以て倉卒に備うるのみ」
〔解説〕
ここでは一つ挙げて簡単に言っておくが倉卒(慌て物)に備 えるのみだ(一言いっておく)、
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原文:其詳又當於張仲景論中、千金百問内求之
訳文:其の詳〔ツマビ〕らかなること當に張仲景が論の中、千金、百問の内に於いて之を求むべし。
解説:
傷寒の病やその類似する病の治療法を考察するときは、傷寒論だけでなく東洋医学の治療理論全般を駆使して治療に当たりなさい。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より
〔訳文〕「其の詳らかなること當に仲景が論の中、千金、百問の内に 於いて之を求むべし。」
〔解説〕仲景論とは傷寒論でなく、「金匱要略」千金は千金方の事、千金方や金匱要略の中で、百(た くさん)の問いがあるから、その中から、これをもとめなさい。
¨
原文:旦感冒、本與傷寒、治証同一。但有輕軽重之分耳。
訳文:また感冒、本(もと)傷寒と治証同一也。但し軽重の分ある耳(のみ)。
解説:
感冒と傷寒は治療法が同じで、いずれも同じ寒邪を受けているますが、但し軽重の別があります。
原文:故重者爲傷、輕者爲感。
訳文:故に重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。
解説:
症状の重いものを傷寒と言い、症状の軽いものを感冒と言います。
原文:感冒之中、風有寒、又須詳別。
訳文:感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。又須( べか)らく詳(つまび)らかに別つべし。
解説:
感冒の中には、風(ふう)証あり、寒(かん)証あり。
又詳 (つまび)らかに別けて考えなければなりませ。
¨
第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より

● 傷寒と感冒。  P68上段より。

〔訳文〕「 また感冒、あり、本(もと)傷寒と治証同一也 」

〔解説〕
感冒と傷寒は治し方が同じで、いずれも同じ寒邪を受けているが、但し軽重の別がある。
重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。
感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。
又詳 (つまび)らかに別つべし。風邪(ふうじゃ)を受けた軽いものを感冒という。
これは千金方 では、感冒は皮膚に中る物全てをいう。
これは寒だけでなく風湿暑、全て皮膚に中ったものをいう、
傷(しょう)とは経絡に中った物。
中(ちゅう)とは臓腑に中(あた)った物で最も重い。
¨
原文:夫感寒則必悪寒、面色黯惨、項背拘急、亦或頭痛發熱、其脉沈遅。
訳文:夫(これ)寒に感ずる則〔トキ〕は必ず寒を悪(にく)み、面色暗惨し、項背拘急(こうはいこうきゅう)し、亦(また)或いは頭痛、発熱す、其の脉、沈遅也。
解説:
感冒の中には、寒と風があります。
寒に感じる時は、悪寒(オカン:暖まっても身震いする)面色暗惨の症状で顔面が寒々として煤けた様な黒色になります。
また、項背拘急(こうはいこうきゅう)の症状で項(うなじ)や背中が固くつっぱる 、或いは頭痛、発熱の症状が出る。
この時の脉状は、沈遅の脉を打っています。
原文:當以五積散、藿香正気散、養胃湯表散之。
訳文:當に五積散、藿香正気散(かつこうしょうきさん)養胃湯(よういとう)を以て之を表散すべし。
解説:
この時の漢方治療薬は、五積散〔ゴシャクサン〕、蕾香正気散〔カッコウショウキサン〕養胃湯〔ヨウイトウ〕を以てこれを表体から発散させます。
原文:感風則必悪風。面色光浮、身體發熱如如瘧、鼻塞聲重、時引清涕、或咳唾稠粘、其脉多浮数、當以十神湯、敗毒散治之。
訳文:風に感ずる則は、必ず風を悪む。面色光浮し身體発熱して瘧(ぎゃく)の如く、鼻塞がり声重く、時に清涕(せいてい)を引き、或いは咳唾、稠粘(ちょうねん)す、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯、敗毒散を以て、之を治すべし。
解説:
感冒の中には、寒と風があります。
風に感じる時は、悪風の症状で火の側では寒さ落ち着き風が吹くと身震いします。
顔色に光浮(こうふ:腫れた様な光沢あり)の症状が現われます。また身体が発熱し瘧(おこり)の症状が出ます。
また、鼻が塞がり、声が重く嗄(しゃが)れるます。時に清涕(せいてい:鼻水)が出ます。
あるいは、咳と唾〔つば〕が出ます。或は、稠粘(ちょうねん:唾が粘っこい)くなります。
この時の脉状は、多くは浮数の脉を打っています。
この時の漢方治療薬は、十神湯〔ジュッシントウ〕、敗毒散〔ハイドクサン〕を以て治療します。
原文:或風寒兼之、又當用和解之藥、體虚之人、不可過於發散。
訳文:或いは風寒、之を兼ねれば、又當に和解(わげ)の薬を用ゆべし、體虚の人、発散すべからず。
解説:
感冒の病証で寒と風が合わせて侵入した時の漢方治療薬は、和解〔ワカイ〕の薬を用います。瀉法でなく補法の治療法を行います。
治療所の注意、
身体が体が虚している人には、熱があっても熱を下げてはいけません。
瀉法の薬を用いない。
原文:恐致他疾。并述干後審之、審之。
訳文:恐らくは他の疾を倒さん。并びに後に述べる之を審らかに、之を審らかにせよ。
解説:
瀉法すると別な病気になるが、これは後で述べます。
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【井上恵理先生の南北経驗醫方大成による病証論、第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より

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 ● 風感冒と寒感冒。P68した段より。 解説 〔〕
感冒の中には、寒と風がある。
寒に感じる時は、悪寒(暖まっても身震いする)
面色暗惨し( 寒々として煤けた様な黒色)、
項背拘急(こうはいこうきゅう)し(背中、項、固くつっぱる 、或いは頭痛、発熱、其の脉は、沈遅である。
この時、五積散〔ゴシャクサン〕、蕾香正気散〔カッコウショウキサン〕養胃湯〔ヨウイトウ〕を以てこれを表散する。
風に感じる時は、悪風(火の側では寒さ落ち着くが、風が吹くと身震いする)
顔色、光浮(こうふ:腫れた様な光沢あり)、体発熱し瘧(おこり)の如く、
鼻が塞がり、声重く(声が嗄(しゃが)れる)、時に清涕(せいてい:鼻水)、咳唾(咳と唾〔つば〕がでる)、稠粘(ちょうねん:唾が粘っこい)、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯〔ジュッシントウ〕、敗毒散〔ハイドクサン〕を以て、之を治すべし。
或いは風寒、之を兼ねる時は、(風と寒と両方引いた時)當〔マサニ〕に和解〔ワカイ〕の薬を用ゆべし、瀉法でなく補方を用いる。
體虚(体が虚している)の人が、熱があっても発散してはいけない(熱を下げてはいけない)。
瀉法の薬を用いない。
瀉法すると別な病気になるが、これは後で述べる。
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● 補法と瀉法。 P68した段より。 解説
補法と瀉法の事ですが、脉が浮数で熱の時は、瀉法が常識だが、虚証の人の時は、脉が浮数であっても、力が無いので補方の方が無難なのです。
瀉法する時も、必ず体を補して、瀉法するのが原則です。
瀉法を先にやるのは、余程の実証の時です。
現在は虚証の人が多い。
病気は我々の体は、実証になろうとするが不養生で、実証になれない。
長引くのは虚証だからです。

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以上で、第五、傷寒 の原文・訳文・解説を終わります。

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【南北経驗醫方大成による病証論:第五、傷寒(しょうかん)井上恵理先生の講義解説より】

※ 詳しくは、東洋はり医学会発行「南北経驗醫方大成による病証論 井上恵理先生 講義録」をお読みください。
〔 〕内は山口一誠の解説文です。
〔訳文〕 p60-
「 傷寒の証、
固(まこと)に天疫流行して一時に感ずる所の病、老少と無く、率(おお)むね相似る者あり。
然れども多くは、是れ体虚、労役の人、冬月、道途に衝斥して調護を謹しまずして、以て風寒の為に傷(やぶ)らるるに至る。
其の毒、内に臓伏して即(すなわ)ち発見せざる。
或いは熱の為に撃摶(ゲキタン)せられて然(シカ)して後に発して病を為す。
故(ユエ)に経に云う。冬、寒に感じて、春、温を発すという者、是れ也 」
【第五、傷寒:井上恵理先生の講義解説より】
〈傷寒の説明〉p60-
傷寒の証というのは天疫流行、即(すなわ)ち我々が風邪、暑さ、その他の外邪にあてられ流行して、この病をなす。
傷寒の言葉は素問時代からあるが、現代の「傷寒論」と傷寒は別に考えた方がよい。
古典の中で病の起こる原因として、
劉河間は熱、朱丹溪は痰、李東垣は脾胃、張仲景は傷寒と、住んでいた時代と風土により病因を一つに考えているのです。
ところが傷寒論が古方派として日本だけでなく中国でも流行したため後世派の人も無視出来なく無理に傷寒論と傷寒を一緒にしたのです。
本当は寒め中で中寒、傷寒として解くのが正しいのです。
今は病理観念が鍼灸と湯液では違っているが東洋医学として大成される時、一つにまとまる時代が来なければならないのです。
ここでは傷寒は寒に傷(やぶ)られ、中寒は寒に中(あて)られると考えているが、これを黄帝内経・素問(こうていだいけい・そもん)でいえば、傷寒は寒が経絡にあたり、中寒は臓腑に中ると考えているのです。
傷寒とは素問では熱の出る病気をいい、「註証発微」では寒に傷られて熱病になったと考えます。
《熱の発生〉p61-
寒が外から来ると陽気(体温)が外に出れなく内に鬱(うつ)し、これが伝わり熱になる。
寒少なければ熱、中和するが寒盛んになるほど熱生じる。
我々の体には適当な熱がある。三十六度の人は三十六度、三十七度の人は三十七度、それが健康です。
それから上下する事、虚実とはそういう物です。
陰陽寒熱等のバランスは、どれだけが良いのでなく〔シーソーのように〕平行すればよいのです。
熱が寒に傷られても陽気、鬱しなければよく、又外から寒邪が来ると内から押しのけようとする。これが熱だとも言える。
熱が出るのがいい場合と悪い場合とがあるのです。
ここでいう寒散ずれば陽気もれ熱、自ら出ていく。
散ずるは瀉す事で、熱を瀉すのでなく寒を瀉すから熱が出ていくのです、
熱は体のエネルギー源です。
熱が無くなると人間は死ぬのです。
我々は熱を診て外邪を認あているのです。
だから瀉法に気をつけるのは外邪を取る為、熱迄取ったらだめなのです。
手法は瀉法は易しいが、結果として難しいのはこの為です。
補法は手法は難しいが、いくらやっても害にならないが、補法をやっているのに瀉法になって間違って来るのです。
〈外邪を受ける者》p62-
所謂、天疫流行して一時に感ずる病は、老いも少きも無く概ね似て来るものです。
冬月(冬)、道途に(道を歩いていて)衝斥(ショウセッ:寒さに中って)、
外邪はいつもあり寒いのは皆同じじだが病気になるのは、体虚(体が虚している人)労役(疲れている人)が罹〔かか〕る。
又調護謹しまず
(体の護〔まも〕りを知らなかった人)がと二重に言っているのです。
体虚、労役の人とは、
自分で解かれば疲れない方法を取るが、本当に虚してくると病気してるのが解からず体の護りをしない。
俺は大丈夫というのが危ない。
働けば疲れるのが本当です。
それが解からず風寒に傷〔やぶ〕られる。
〈 温病(うんびょう)〉p62-
傷られた事が体内に隠れて外に現れず解からない。
又、熱は我々の体を護り調和するエネルギー源ですが、あまり多く出ると我々の機能が消耗される。
冬に罹り解からないでいるか、熱の為に解からなくなり春に出て来る。
これを温病(ブラブラ病)といい、体が怠い、熱つぽい、眠れない、食べられない等、決められた病名でなく症状的な物です。
〈病位の疲状〉 p62-
〔訳文〕
「 其の証たる事、陽あり、陰あり、表あり、裏あり、又当〔マサ〕に知るべし、病を受くる事同じからず、
伝変一ならざるや、その発する所.未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒して始めるという者あらず。
若〔モ〕し太陽に発すれば即ち熱して悪寒〔オカン〕す。
太陰に発すれば、ただ悪寒して熱を発せざるなり、
陽に伝わる時は、潮熱、狂言して所見あるが如〔ゴト〕く、
其の脉、多くは長、浮なり。
陰に変ずる時は、舌強ばって語らず。
手足厥冷〔ケツレイ〕し多は自利する事あり。
其の脉、多くは沈、細なり、 」
¨
傷寒が起こると証はどこに現れるか。
陰陽表裏にある。
病を受ける事、伝変する事も色々あり一つでない。
その発するや、未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒してそれより始める事はない。
太陽に発する時は、熱があって寒気(さむけ)がする。
太陰に発する時は悪寒だけで熱がない。
陽に伝わる時は、潮熱(潮の様に時をして熱が上下する)。狂言(うわ言)の症が現れ、脉は浮いて長い。
陰に伝わる時は舌強ばって語らず(諜れない)、手足厥冷(冷え)、多くは自利(小便が出過ぎる)、そ脉、沈で、細。
〈病位と治療〉  p63-
〔訳文〕
「 傷寒の治を為す事、
法有りと雖(いえど)も、又須(すべから)く証を問うて以て外を察し、脉を切し内を審(つまび)らかにすべし。
故に表に在らば之を汗すべし、上に在らば之を吐すべし、裏に在らば宜しく下すべし、半表半裏に在らば多く和解せよ、此れ固〔まこと〕に一定の法なり。」
¨
〔解説〕
傷寒を治療する方法は色々あるが、須(すべから)く証を聞いて〔問診〕外を察し〔望診〕、脉を切し(脉診)以て内を審(つまび)らかにすべし。
〔傷寒の邪が〕
表に在る時は汗を出させる。
上に在る時は吐かせる。上の意味は上(胸)中(腹)下(下腹)と考えればよい。
裏に在る時は下す。
半表半裏に在る時はに和解せよ。 此れ固〔まこと〕に一定の法なりと。
ここで表とか裏とか半表半裏ですが、内外表裏の病位の考え方で―内(臍の下)外(胸郭)表
(皮膚)裏(上腹)の分け方です。
〈 伝変の期と治療 〉P63下段より。
〔訳文〕
「 然れども、又、須(すべから)く病を得る、これに伝変の期を考えて、まさに治すべし。」
〔解説〕
ここから傷寒論的考え方です。
¨
〔訳文〕
「 一日より三日に至って病、皮膚に在る。
麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類にて寒邪を駆散すべし。
汗を得て後に脉、静かなるは癒(いえ)るとなす。
汗あらば麻黄を服することを得ず、汗なくば桂枝を服することを得ず。
張仲景が至切の論なり。」
〔解説〕
これは傷寒論の少陽病と太陽病を一つにまとめ、傷寒論独特の治療の考え方です。
病の起こった日と伝変の時期を考えて治療を施すべきである。
傷寒〔の邪〕を受け一日~三日の間は、病は皮膚に在るので麻黄、桂枝を使い、汗が出て脉、静かに成れば必ず治る。
汗があったら桂枝を使い、麻がない時は麻黄を使う。〔汗が出ている時は麻黄は禁忌です。〕
この方法は張仲景の論である。
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〔訳文〕
「 謹〔つつし〕まずべからず、四日~五日の間は、病は胸膈にあり痰気、上に緊満せば当に爪帯豆豉(かていずし)の類を以て、これを吐して癒(いやす)べし」
〔解説〕
病が起こり四日~五日の間は、病は胸膈(外)にある、胸膈に痰気が積もっているから胸苦しいので、爪帯豆豉(かていずし)の類(吐剤の薬で豆の煎じた物)で吐して癒る事ができる。
¨
〔訳文〕〔〕
「 六日、七日の間、其の病、腹に入り、胃に伝え臓腑結燥し狂言、潮熱すれば大黄、芒硝の類にて、これを下し癒べし、古今の方なり。」
〔解説〕
病が起こり六日~七日の間は、病、腹(裏)に入り、胃に伝え臓腑が結燥(乾き)狂言(うわ言)潮熱( が出たり下がったり)〔する〕その時は大黄、芒硝を使い下し治す、古今の方なり。」
〈 陰厥と熱厥 1〉P64上段より。
〔訳文〕
「 總(すべ)ていわく、この如く却(さつ)て又、病を得るの日、便(すなわ)ち四肢厥冷する事あり、名ずけて陰厥〔インケツ〕と為す。
絶せんと欲するものは丹田(気海)の穴に、灸すべし。
又日を経て微厥して後に発熱するもの在り熱厥と為す。
熱、甚(はなはだ)しくて舌黒く鼻、煤けたる ものは、今の人、多くは水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んで、
これを胸に掛け頻頻(びんびん)に更換して、以て熱気を抜去するも、又療法なり。」
〔解説〕
総(すべ)て、この如く却って、病を得るの日(起こった日に)たちまち四肢厥冷(手足冷たく成る)これを、名ずけて陰厥〔いんけつ〕いう。
絶せんと欲する者は(意識不明で死にそうな時に)丹田(気海)穴に、灸すえればいよい。
又 を経だてて(暫くして)微厥して逆上(のぼ)せ発熱する者がある。
これは熱厥といい、熱 甚(はなはだ)しく、舌黒く、鼻煤けた物〔者〕は、胸を冷やすのが良い方法です。
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〔訳文〕  P64下段より。
「 又厥せずして、即ち陽証に変ずる事あり、或いは胸腹、心悶し牽引疼痛、座臥安からず、胃気、喘息する時は、即ち拘(かか)わる日数を以ってすべからず、即ち宜しく、これを下すべ し。」
〔解説〕
〔厥〔けつ〕とは、頭、顔、上部が逆上せ、手足が冷たく成る症状・・〕
厥せず(この様にならないで)陽証に変ずる事あり、或いは胸や腹が非常に悶〔もだえ〕苦 む。
牽引疼痛(引きつる様な痛み)、座臥安からず(座っても寝てもそうなる)、胃気、喘 する物は(腹の中でゼーゼーいう)即ち日数に拘(かか)わらず出来ない時は下すのがよい。
¨
〔訳文〕
「 又、六、七日大府結燥して上に食する事能(あた)はず。其の脉、細緊なる。皆いわく下すべし。
却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り。或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除(の)かず、即ちこれ宜しく汗すべし。」
〔解説〕
病になり6~7日経ってくると大府結燥する(大便が停滞する)上に食する事能ず(食事が出来ない)。其の脉、細緊なる物は皆いわく下すべし。
却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り(首から上に汗が有る)。
〔或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち〕表証いまだ除かず(〔この時は病状がまだ〕抜けていない)、この時は発汗剤をやる。
〈 逆治療と病証 1〉 P64下段より。
〔訳文〕
「 或いは裏冷えて表熱し、或いは裏熱し表冷えば、皆当に先んず其の裏を救って、後に其の表を治すべし。
まさに汗すべきを反(かえ)って、これを下す則〔トキ〕は、熱、裏に蓄えて或いは瘀血〔おけつ〕と為り発して狂証と為る者、これ有り。
結して痞(つかえ)と為り結胸と為る者これ有り。結胸は心下、緊満して痛む。これを按ぜば石の如くにして近づくべからず。
痞〔ツカ〕えはただ緊満して痛まず。証、相類(そうるい)すと雖(いえど)も薬を用いるに却(かえ)って同じからざる事あり。
若し当に下すべきを反ってこれを汗する則は津液(しんえき)、枯渇(こかつ)す。
又亡陽、譫語(せんご)するもの有り譫語を実と為し、鄭聲(ていせい)を虚と為す。
若し当に吐すべきを反ってこれを温むる則、毒氣、胃に欝結(うつけつ)して、発して斑を為す。
其の色、錦紋の如くなる者は生く、黒き者は即ち死す。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、其の伝変を観、審らかにしてこれを行なわざる則は、必ず錯乱を致して恠(かい)証百(もも)に出(い)で、流して壊証(えしょう)の傷寒と為り、甚(はなはだ)しうして救わざるに至る。
これを以て傷寒の一証、謹(つつし)まざるべからず。」
〔解説〕P65上段より。〈 逆治療と病証 1〉
裏冷え、表熱し、裏を救って後、表を治すべし。
これは薬でも鍼でも同じですが、
体の方を整えてから、外の証を取れという事です。陰を治療して陽を治療する。
汗するに下すとどうなるか。熱を裏に蓄えて瘀血〔おけつ〕と為り、キチガイの基になる。
結〔けっ〕して(結〔むす〕ばれて)痞(つかえ)となる。
結胸となる(心下、緊満し痛む、胸が固くなり押すと痛み)石の如く手を近づける事が出来ない(押すと痛いので触れられない程度、痛い事)
痞(つかえ)と いうのは固いが痛くない物。
証が同じ様でも薬は同じではない。
下すのを汗したらどうなるか。津液(しんえき)、枯渇(こかつ)する(体が乾く、又亡陽(腸が無くなる)、
譫語〔センゴ〕する者あり(暴れなく口だけ喋る、戯言(たわごと))
譫語(声を発して力あり)を実となし、
鄭聲(ていせい)(声を発するが力無く低い言葉)を虚となす。
何れも言葉にならない、聞いた事に対する返事でなく、その場で必要以外のことを喋る事、鄭聲の方が重い。
若〔モ〕し吐すべきを温めた時は、毒氣、胃に欝積)し、斑点が出る。
其の色 、錦紋の如く鮮やかなる者は生く、黒き者は死ぬ。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、伝変を観、審らかに行なわないと、こうゆう風な錯乱をおこす。
これを 、壊証傷寒〔エショウ ショウカン〕という。
だからこそ証を診て下すべきは下し、汗する時は汗しなくてはいけない。
この様に傷寒といっても軽々しく行なってはいけないのです。
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〈 逆治療と病証 2〉P65下段より。
〔訳文〕
「 病、癒えての後、切に軽々しく補薬を用ゆべからず。
尤(もっと)も、房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治し易からず也。
脚気〔カッケ〕、痰飲、食積、虚煩の四証あり、傷寒と相類する也。
更に宜しく之を審らかにすべし。
但し脚気は即ち脚、膝 軟痛し、卒(にわ)かに起きてば即ち倒れる。
痰飲は則ち頭痛まず、項(うなじ)強張らず。
食積は則ち身痛まず、左手の脉、平和也。
虚煩は即ち寒さ悪(にく)まず、身痛まざるを異なりと為す。決して誤って、傷寒と作(なし)て之を治すること有る可からず。
其の中(あた)ること変易すること、止(ただ)一端に非ず。
茲(ここ)は、略(ほぼ)その説を挙げて以〔モッ〕て倉卒〔ソウソツ:軽く〕に備うるのみ、
其の詳〔ツマビ〕らかなること當に張仲景が論の中、千金、百問の内に於いて之を求むべし。
また感冒、本(もと)傷寒と治証同一也。
但し軽重の分ある耳(のみ)。
故に重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。
感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。
又須( べか)らく詳(つまび)らかに別つべし。
夫(これ)寒に感ずる則〔トキ〕は必ず寒を悪(にく)み、面色暗惨し、項背拘急(こうはいこうきゅう)し、亦(また)或いは頭痛、発熱す、其の脉、沈遅也。
當に五積散、藿香正気散(かつこうしょうきさん)養胃湯(よういとう)を以て之を表散すべし。
風に感ずる則は、必ず風を悪む。面色光浮し身體発熱して瘧(ぎゃく)の如く、鼻塞がり声重く、時に清涕(せいてい)を引き、或いは咳唾、稠粘(ちょうねん)す、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯、敗毒散を以て、之を治すべし。
或いは風寒、之を兼ねれば、又當に和解(わげ)の薬を用ゆべし、體虚の人、発散すべからず。
恐らくは他の疾を倒さん。
并びに後に述べる之を審らかに、之を審らかにせよ。」
● 説明  p66 上段-
- 前回、申し上げた経過を経て、
病が治った後に、薬をやりたがるのを忌ましめている。
「切に」(かりそめにも)「軽々しく補薬を用ゆべからず」
傷寒の病症である、悪寒、発熱、痛みが治っても少し常のようでなく 、微熱、体が怠い、物に怯える、それを傷寒の薬だといって補薬を使うのは良くない。
● 傷寒の時代  p66 下段-
オウジョウゲンが傷寒は時季〔季節〕の大病(寒に傷(やぶ)られるのは季節と関係がある)
冬に寒に感じ、春に起こられるのを温病〔ウンビョウ〕といい、
冬、寒に感じ、春を過ぎ夏に発熱が起こるのを傷寒〔ショウカン〕と言っている。
現代の漢方家で傷寒論の古方派の人は、現代医学的に傷寒は熱病であり腸チフスみたいなものと言うが、私〔井上恵理〕は違うと思う。
と言うのは現代医学の病名と、漢方医学を同じ様に考えると便利さの上に本質を見失う事がある。
むしろ腸チフスは傷寒の一種で、傷寒は腸チフスではないのです。
傷寒論は傷寒だけを言っているのではなく、傷寒を中心とした病気の変化を解いている。
〔 傷寒論〕の中には、いろんな病症が含まれる。
また傷寒論では外傷傷寒を言っているが、
我々〔経絡鍼灸家〕のいう外傷は、寒だけでなく、風、暑、湿、等もあるのです。
〔傷寒論は〕何故、寒を重視しているかと言うと、
傷寒論は北京を中心とした北方医学を言い 、寒い所で寒に犯される人が多かったので、どうしても寒が中心になってくる。
だから他の地方に当てはめると無理があり、日本の温暖な所では、そのままでは無理なのです。
これは経絡治療にも言える事で、我々の東洋医学の原典は内経であるが、
内経の病症は、外から入る外因が中心で罹る人が多い。
あの時代は文化が無く、家屋も暖房も良くなく、自然に生活している為、寒さ、霧、雨に犯され、
それによる病気が多く、現代に比べ内因である精神的労傷が少ない、これは私有物が無いからです。
文化的に為るのは1200年前後からで、非文化の場合、内因より外因が多いのです。
天災の場合は悔しくても相手がいないので、内因が起こらない。
 ● 古典を現代に活かす。P67上段より。
所謂、傷寒という病氣に対し昔と今の違いがある。
現代の病症と違うものがあるが、理論体系は、あの中に有るのです。
傷寒論を読み、良く味わい、感じ、運用して自分の処方を、そこから発見するのが臨床家として大切な事です。
経絡治療を覚える事は、自分の手技、手法を活かす事を考えることで、一本の道や線を行くのではなく幅があるのです。
経絡も同じです。
経絡が線で、経穴が点だと考えるから、いろんな経穴が出来るのです。
その人には一点しかないが、人それぞれの領域が有り、隣接する経絡は重複してるのです。
経絡治療は、一つの方法ではなく、考え方も、手の感覚も、それぞれ違うものが、経絡治療の中で共に進んで行くのです。
あまり型を決めると付いて行けなくなるので、自分に応じた方法 を経絡治療の中で見つけていくのです。
しかし初めから自分勝手に決めない事、脉診より切診 ばかりやると違った方向に進む。
望診、問診に囚われ過ぎると易の様になり、あてても治せな くなるので、最初は、真似(まね)から入って、そこから自分の型を決める。
真似だけだと息 づまってしまいます。
 ● 病は拗(こじ)らせない。   P67下段より。
〔訳文〕「房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治しか らず也。」
〔解説〕
病をした後に、房室(房事)、労傷(疲れ)、飲食の過度を戒める。
これは傷寒だけでなく全てに言える事です。
若し、これにより再作(再発)すれば、これは治りにくくなる。
病気は一度起こったら拗(こじ)らせないで治す事です。
鍼灸家の所に来る患者は医者が拗らせているので治りづらい。
我々の腕が悪いのではないのです。そう思う事です。
● 傷寒と似ている四病症    P67下段より。
〔訳文〕「脚気、痰飲、食積、虚煩の四證に傷寒と相類する事、有るを致す。」
〔解説〕
傷寒の病症のほかに、
①脚気、
②痰飲(水毒、経水の濁り)、
③食積(食物が消化せず胸の消化管に残る)、
④虚煩(疲れ、虚労)、
この四症が傷寒と似ているので、之を審らかにすべし
¨
〔訳文〕「但し脚気と傷寒の違い、脚、膝が軟痛する」
〔解説〕
脚(足)、膝、軟痛(緩〔ゆる〕める途と痛い)これは虚痛、
上がる時、力が入り膝が痛いのは実痛、
下る時、力を緩め痛いのは虚痛、この虚痛が多く治りずらい。
実痛は唯鍼を刺しても治るが、虚痛は刺しすぎると治らない。
①なんと無く重怠く軟らかい痛み、卒(にわ)かに立つと倒れる、これが脚気です。
②痰飲というの頭が痛まない、項(うなじ:後頸部)強張らず(固くならない)。
③食積は体が痛まず、左手の脉(肝腎の脉)、平和である。
④虚煩は寒悪せず(寒気がない)、体の虚証、精神的、肉体的疲れ、体痛まず。
こういう違いがある。決して誤って、傷寒と治す事の無い様に。
¨
〔訳文〕「其の中(あた)る事、変容する事、止(ただ)一端に非ず。」
〔解説〕其の中る事(病気の変化した症状一つだけで決めない)、
¨
〔訳文〕「茲(ここ)は、略(ほぼ)その説 を挙げて以て倉卒に備うるのみ」
〔解説〕
ここでは一つ挙げて簡単に言っておくが倉卒(慌て物)に備 えるのみだ(一言いっておく)、
¨
〔訳文〕「其の詳らかなること當に仲景が論の中、千金、百問の内に 於いて之を求むべし。」
〔解説〕仲景論とは傷寒論でなく、「金匱要略」千金は千金方の事、千金方や金匱要略の中で、百(た くさん)の問いがあるから、その中から、これをもとめなさい。
¨
● 傷寒と感冒。  P68上段より。〔訳文〕「 また感冒、あり、本(もと)傷寒と治証同一也 」
〔解説〕
感冒と傷寒は治し方が同じで、いずれも同じ寒邪を受けているが、但し軽重の別がある。
重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。
感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。
又詳 (つまび)らかに別つべし。風邪(ふうじゃ)を受けた軽いものを感冒という。
これは千金方 では、感冒は皮膚に中る物全てをいう。
これは寒だけでなく風湿暑、全て皮膚に中ったものをいう、
傷(しょう)とは経絡に中った物。
中(ちゅう)とは臓腑に中(あた)った物で最も重い。
¨
 ● 風感冒と寒感冒。P68した段より。 解説 〔〕
感冒の中には、寒と風がある。
寒に感じる時は、悪寒(暖まっても身震いする)
面色暗惨し( 寒々として煤けた様な黒色)、
項背拘急(こうはいこうきゅう)し(背中、項、固くつっぱる 、或いは頭痛、発熱、其の脉は、沈遅である。
この時、五積散〔ゴシャクサン〕、蕾香正気散〔カッコウショウキサン〕養胃湯〔ヨウイトウ〕を以てこれを表散する。
風に感じる時は、悪風(火の側では寒さ落ち着くが、風が吹くと身震いする)
顔色、光浮(こうふ:腫れた様な光沢あり)、体発熱し瘧(おこり)の如く、
鼻が塞がり、声重く(声が嗄(しゃが)れる)、時に清涕(せいてい:鼻水)、咳唾(咳と唾〔つば〕がでる)、稠粘(ちょうねん:唾が粘っこい)、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯〔ジュッシントウ〕、敗毒散〔ハイドクサン〕を以て、之を治すべし。
或いは風寒、之を兼ねる時は、(風と寒と両方引いた時)當〔マサニ〕に和解〔ワカイ〕の薬を用ゆべし、瀉法でなく補方を用いる。
體虚(体が虚している)の人が、熱があっても発散してはいけない(熱を下げてはいけない)。
瀉法の薬を用いない。瀉法すると別な病気になるが、これは後で述べる。
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● 補法と瀉法。 P68した段より。 解説
補法と瀉法の事ですが、脉が浮数で熱の時は、瀉法が常識だが、虚証の人の時は、脉が浮数であっても、力が無いので補方の方が無難なのです。
瀉法する時も、必ず体を補して、瀉法するのが原則です。
瀉法を先にやるのは、余程の実証の時です。
現在は虚証の人が多い。
病気は我々の体は、実証になろうとするが不養生で、実証になれない。
長引くのは虚証だからです。
¨
【経絡鍼灸の原則:瀉法する時も必ず体を補法して瀉法するのが原則です。】
以上。
【井上恵理先生の南北経驗醫方大成による病証論 第五、 傷寒(しょうかん)講義録を終わります。】

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これより以下の文章は、
2012.年 7月 吉日・・ 記載HPアップした文章です。
4年前の文書も何か参考になればと思いそのまま掲載をいたします。
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井上恵理先生の講義録「南北経驗醫方大成による病証論」を取り上げるHPコーナーです。

「南北経驗醫方大成による病証論」の概要を山口一誠なりに分類と纏めを試みてみます。

【】〔〕内は、山口一誠の考えやタイトルです。

 五、傷寒

P60上段 ~ P69より。

はじめに、ここは読んで欲しい所です。

  五、傷寒 10個のチェック箇所。

〈傷寒の説明〉 P60下段。井上恵理先生の解説より。

① 傷寒の証は天疫流行、風邪、暑さ、その他の外邪にあてられ発病した流行性の病気の事。

② 傷寒の言葉は黄帝内経の時代からあるが、
現代の「傷寒論」と「傷寒」とは別に考えた方がよい。
古典の中で病気の起こる原因としては、熱、痰、脾胃、そして張仲景は傷寒と、解いています。

③ 寒、中寒、傷寒を図解します。(図:nb5.)

nb5

中寒とは臓腑に「寒」が中(あた)る病と考えます。。
傷寒とは経絡が「寒」に傷(やぶ)られて熱病になると考えます。
【風邪の病証名と病の深さを表す言葉による分類 】
「感冒」「傷風」「中風」参照されたし。

④ 鍼灸と漢方薬が、東洋医学として大成される時、一つにまとまる時代が来なければならない。
との井上恵理先生の見解に大賛成しつつ、山口一誠の私見を述べます。
東洋医学として「鍼灸と漢方薬」の統一した理論が完成するのには、
まだ先の時代に成ると思 います。
しかし、その現実的運用は、今、現在でも可能です。

⑤〈温病(うんびょう)〉P62とP65。〈逆治療と病証2〉解説より。
冬に寒に感じ、春に起こられるのを温病〔ウンビョウ〕といい、
冬、寒に感じ、春を過ぎ夏に発熱が起こるのを傷寒と言っている。

⑥ 漢方家の中には、現代医学的に傷寒は熱病であり腸チフスみたいなものと言うが、
私〔井上恵理〕は違うと思う。
と言うのは現代医学の病名と、漢方医学を同じ様に考えると便利さの 上に本質を見失う事がある。
むしろ腸チフスは傷寒の一種で、傷寒は腸チフスではない。

⑦ 傷寒論は傷寒だけを言っているのではなく、傷寒を中心とした病気の変化を説いている。

⑧ 経絡鍼灸家のいう外傷は、寒だけでなく、風、暑、湿、等もある。

⑨ 経絡鍼灸家の学習方法と手技の上達方法の考え方が述べられています。

⑩ P68した段 解説より。  ● 補法と瀉法。
補法と瀉法の事ですが、脉が浮数で熱の時は、瀉法が常識だが、虚証の人の時は、脉が浮数で
あっても、力が無いので補方の方が無難なのです。
瀉法する時も、必ず体を補して、瀉法するのが原則です。
瀉法を先にやるのは、余程の実証の時です。現在は虚証の人が多い。
病気は我々の体は、実証になろうとするが不養生で、実証になれない。
長引くのは虚証だからです。

【経絡鍼灸の原則:瀉法する時も必ず体を補して瀉法するのが原則です。】

※ 詳しくは本文:
「南北経驗醫方大成による病証論 井上恵理 先生 講義録」
発行:東洋はり医学会、をお読みください。

又、以下の文章は、

五、傷寒の山口一誠的分類です。読者の皆様の参考になれば幸いです。

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「南北経驗醫方大成 第五、傷寒」の原文

〈傷寒の説明〉〈熱の発生〉〈外邪を受ける者〉〈温病(うんびょう)〉

傷寒之證、固有天疫流行、一時所感病、無老少、卒相似者。
 然多是、體虚労役之人、冬月、衝斥道途不謹調護、以至爲風寒所傷。
 其毒臓伏於内、不即發見。或爲熱所撃摶、然後發而爲。
 病故經云。冬感寒春發温者、是也。

〈病位の症状〉
其爲證、有陽、有陰、有表、有裏、又当當知、受病不同、
 傳變不一、其發也、未有不自頭疼、發熱、自汗、悪寒而始者。
 若發於太陽即熱而悪寒。發於太陰、止悪寒而不發熱也、傳陽則、潮熱、
 狂言如有所見、其脉多長浮。變陰則、舌強不語。
 手足厥冷多有自利、其脉多沈細

〈病位と治療〉
傷寒爲治雖曰有法、又須問證以察於、脉切以審於内。
 故在表宜汗之、在上宜吐之、在裏宜下之、在半表半裏者和解之、此固一定之法。

〈伝変の期と治療〉
然又、須考得病之日、傳變之期、方可施治。一日至三日、
 病在皮膚者、爲表宜麻黄桂枝之類、寒邪駆散。得汗之後、
 脉静爲癒、有汗不得服麻黄、無汗不得服桂枝、仲景至切之論。
 不可不謹、四日五日之間、病在胸郭、痰気緊満於上、
 當以爪帯豆豉之類、吐之而癒。
 六日七日 之間、其病入腹、傳胃臓腑結燥、
 狂言潮熱須大黄芒硝之類、下之而癒、古今治法。

〈陰厥と熱厥1〉
總曰如此、却又得病之日、便四肢厥冷、名爲陰厥。
 絶者丹田氣海穴灸之。又有經日微厥而後、發熱者爲熱厥。
 熱甚舌黒鼻煤者、今人多水潰布帛、重疊○之於胸頻頻更換、
 以抜去熱氣亦、良療法也。

〈陰厥と熱厥2〉
又有之厥而、即變陽證、或胸腹悶、牽引疼痛、○座臥不安、
 胃気喘息則、又不可拘以日数、即宜下之。

〈陰厥と熱厥3〉
 又有六-七日大府結燥上不能食、其脉細緊。
 皆曰當下、却有頭痛悪寒頂上有汗。 
 或小便清利、乃表証未除仍宜汗之。

〈逆治療と病証1〉
或裏寒表熱、或裏熱表寒、皆當先救其裏、後治其表。
 應汗而反下之則、熱蓄於裏、或爲?血
 、發而爲狂證者有之。結而爲痞爲結胸者有之。
 結胸者、心下緊満○而痛。按之如石手不可近。
 痞者但緊満而不痛。證雖相類用藥却有不同。
 若應下而反汗之、則津液枯渇。
 又亡陽譫語者、譫 語爲實鄭聲為虚。
 若應吐而反温之、則毒氣欝結、於胃發而爲、斑其色如錦紋者生。黒者即死。
 臨証用藥。若不辧其陰陽、観其傳變、審而行之則、必致錯乱恠證百出
 、流而爲壊證傷寒、甚至 不救。以此傷寒一證、不可不謹。

〈逆治療と病証2〉
病癒之後、切不可輕用補藥。尤忌房室労傷飲食過度、倘困之再作、
 未易治也。致有脚気、痰飲 、食積、虚煩、四證。
 與傷寒相類。更宜審之。但脚気則、脚膝軟痛、卒起即倒。
 痰飲則頭不痛 、項不強。食積則身不痛、左手脉平和。
 虚煩則不悪寒、身不痛爲異。決不可有誤作、傷寒治之。
 其中變易、非止一端。茲略擧其説、以備倉卒、其詳又當於張仲景論中、
 千金百問内、求之旦感 冒、本與傷寒、治証同一。
 但有輕軽重之分耳。故重者爲傷、輕者爲感。
 感冒之中、風有寒、又須詳 別。夫感寒則必悪寒、面色黯惨、
 項背拘急、亦或頭痛發熱、其脉沈遅。當以五積散、?香正気散、
 養胃湯表散之。感風則必悪風。面色光浮、身體發熱如如瘧、鼻塞聲重、時引清涕、
 或咳唾稠粘、其脉多浮数、當以十神湯、敗毒散治之。或風寒兼之、又當用和解之藥、體虚之人、不可過於發散。恐致他疾。并述干後審之、審之。
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井上恵理 先生の訳:

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〈傷寒の説明〉〈熱の発生〉〈外邪を受ける者〉〈温病(うんびょう)〉

「傷寒の証、固(まこと)に天疫流行して一時に感じる所の病、老少と無く、卒(おお)むね相似る者あり。然れども多くは、是れ体虚、労役の人、冬月、道途に衝斥(しょうせき)して 調護を謹まずして、以て寒風の為に傷(やぶ)らるるに至る。其の毒、内に臓伏して即ち発見 せざる。或いは熱の為に撃摶せられて然(しか)して後に発して病を為す。故に経に云う。冬、寒に感じて、春、温(うん)を発すという者、是な也。」

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P62下段より。〈 病位の症状 〉訳
「其の証たる事、陽あり、陰あり、表あり、裏あり、また当たるに知るべし、病を受くる事同じからず、伝変一ならざるや、その発する所、今だ頭痛、発熱、自汗、悪寒して始めるという 者あらず。若し太陽に発すれば即ち熱して悪寒す。太陰に発すれば、ただ悪寒して熱を発せざるなり、陽に伝わる時は、潮熱、狂言して所見あるが如く、其の脉、多くは長、浮なり。陰に変ずる時は、舌強張って語らず。手足厥冷し多くは自利する事あり。其の脉、多くは沈、細なり。」
ーーーーーーーーー
P63上段より。〈 病位と治療 〉訳
「傷寒の治を為す事、法有りと雖(いえど)も、又須(すべから)く証を問うて以て外を察し、脉を切し内を審(つまび)らかにすべし。故に表に在らば之を汗すべし、上に在らば之を吐すべし、裏に在らば宜しく下すべし、半表半裏に在らば多く和解せよ、此れ固に一定の法なり。」
ーーーーーーーー
P63下段より。〈 伝変の期と治療 〉訳
「然れども、又、須らく病を得る、これに伝変の期を考えて、まさに治すべし」
ここから傷寒論的考え方です。
「一日より三日に至って病、皮膚に在る。麻黄(まおう)、桂枝(ケイシ)の類にて寒邪を駆散すべし。汗を得て後に脉、静かなるは癒(いえ)るとなす。汗あらば麻黄を服することを得ず、汗なくば桂枝を服することを得ず。張仲景が至切の論なり。」
「謹まずべからず、四日~五日の間は、病は胸郭にあり痰気、上に緊満せば当に爪帯豆(か
ていずし)の類を以て、これを吐して癒(いやす)べし」
「六日、七日の間、其の病、腹に入り、胃に伝え臓腑結燥し狂言潮熱すれば大黄、芒硝の類に
て、これを下し癒べし、古今の方なり。」

P64上段より。〈 陰厥と熱厥 1〉訳
「總(すべ)て曰く、この如く却(さつ)て又、病を得るの日、便(すなわ)ち四肢厥冷する事あり、名ずけて陰厥と為す。絶せんと欲するものは丹田(気海)穴に、灸すべし。又日を経て微厥して後に発熱するもの在り熱厥と為す。熱、甚(はなはだ)しくて舌黒く鼻、煤けたる ものは、今の人、多くは水を以て布帛(ふき)を潰(つぶ)し重ね畳(たた)んで、これを胸に掛け頻頻(びんびん)に更換して、以て熱気を抜去するも、又療法なり。」

————–

P64下段より。〈 陰厥と熱厥 2〉訳
「又厥せずして、即ち陽証に変ずる事あり、或いは胸腹、心悶し牽引疼痛、座臥安からず、胃気、喘息する時は、即ち拘(かか)わる日数を以ってすべからず、即ち宜しく、これを下すべ し。」

P64下段より。〈 陰厥と熱厥 3〉訳
「又、6,7日大府結燥して上に食する事能(あた)はず。其の脉、細緊なる。皆いわく下すべし。却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り。或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除かず、即ちこれ宜しく汗すべし。」

P64下段より。〈 逆治療と病証 1〉訳
「或いは裏冷えて表熱し、或いは裏熱し表冷えば皆当に先んず其の裏を救って、後に其の表を治すべし。まさに汗すべきを反(かえ)って、これを下す則は、熱、裏に蓄えて或いは?血と為り発して狂証と為る者、これ有り。結して痞(つかえ)と為り結胸と為る者これ有り。結胸は心下、緊満して痛む。これを按ぜば石の如くにして近づくべからず。痞えはただ緊満して痛まず。証、相類(そうるい)すと雖(いえど)も薬を用いるに却(かえ)って同じからざる事あり。若し当に下すべきを反ってこれを汗する則は津液(しんえき)、枯渇(こかつ)す。又亡陽、譫語(せんご)するもの有り譫語を実と為し、鄭聲(ていせい)を虚と為す。
若し当に吐すべきを反ってこれを温むる則、毒氣、胃に欝結(うつけつ)して、発して斑を為す。
其の色、錦紋の如くなる者は生く、黒き者は即ち死す。証に望んで薬を用いよ。若し其の陰陽を弁じ、其の伝変を観、審らかにしてこれを行なわざる則は、必ず錯乱を致して恠(かい)証百(もも)に出(い)で、流して壊証(えしょう)の傷寒と為り、甚(はなはだ)しうして救わざるに至る。これを以て傷寒の一証、謹(つつし)まざるべからず。」

P65下段より。〈 逆治療と病証 2〉訳
「病、癒えての後、切に軽々しく補薬を用ゆべからず。尤(もっと)も、房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、倘(も)し之に困って再作すれば、今だ治しからず也。脚気、痰飲、食積、虚煩の四証あり、傷寒と相類する也。更に之を審らかにすべし。但し脚気は即ち脚、膝 軟痛し、卒(にわ)かに起きてば即ち倒れる。痰飲は則ち頭痛まず、項(うなじ)強張らず 食積は則ち身痛まず、左手の脉、平和也。虚煩は即ち寒さ悪(にく)まず、身痛まざるを異 りと為す。決して誤って、傷寒と作(なし)て之を治すること有る可からず。その中(あた)ること変容すること、止(ただ)一端に非ず。茲(ここ)は、略(ほぼ)その説を挙げて以 倉卒に備うるのみ、其の詳らかなること當に張仲景が論の中、千金、百問の内に於いて之を求むべし。また感冒、本(もと)傷寒と治証同一也。但し軽重の分ある耳(のみ)。故に重きものを傷と為し、輕き者を感と為す。感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。又須( べか)らく詳(つまび)らかに別つべし。夫(これ)寒に感ずる即は必ず寒を悪(にく)み、面色暗惨し、項背拘急(こうはいこうきゅう)し、亦(また)或いは頭痛、発熱す、其の脉、沈遅也。當に五積散、?香正気散(かつこうしょうきさん)養胃湯(よういとう)を以てこ
れを表散すべし。風に感ずる即は、必ず風を悪む。面色光浮し身體発熱して瘧(ぎゃく)の如く、鼻塞がり声重く、時に清涕(せいてい)を引き、或いは咳唾、稠粘(ちょうねん)す、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯、敗毒散を以て、之を治すべし。或いは風寒、之を兼ねれば、又當に和解(わげ)の薬を用ゆべし、體虚の人、発散すべからず。恐らくは他の疾を倒さん。并びに後に述べる之を審らかに、之を審らかにせよ。」

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〈 傷寒の説明 〉 P60下段より。解説

傷寒の証というのは天疫流行、即ち我々が風邪、暑さその他の外邪にあてられ流行してこの病を為す。
傷寒の言葉は〔黄帝内経・〕素問時代からあるが、現代の「傷寒論」と傷寒とは別に考えた方がよい。

古典の中で病の起こる原因として、

劉河間(りゅうかかん)は熱、

朱丹溪(しゅたんけい)は痰、

李東垣(りとうえん)は脾胃、

張仲景(ちょうちゅうけい )は傷寒と、〔解いています。〕

住んでいた時代と風土により病因を一つに考えているのです。
ところが傷寒論が古方派として日本だけでなく中国でも流行したため後世派の人も無視出来な
くなり、無理に傷寒論と傷寒を一緒にしたのです。

本当は寒の中で中寒、傷寒として解くのが正しいのです。

今は病理観念が鍼灸と湯液(とうえき)では違っているが、
東洋医学として大成される時、一 にまとまる時代が来なければならないのです。

ここでは傷寒は寒に傷(やぶ)られ、中寒は寒に中(あて)られると考えているが、
これを〔黄帝〕内経でいえば、 傷寒は寒が経絡にあたり、 中寒は臓腑に中(あた)ると考えているのです。

傷寒とは〔黄帝内経・〕素問では熱の出る病気を言い、
「〔黄帝内経霊枢〕註証発微(ちゅうしょうはつび)」では、寒に傷られて熱病になったと考
えます。

 【東洋医学として大成される時、鍼灸と〔漢方薬〕湯液(とうえき)は、一つにまとまる時代 が来なければならないのです。】
との井上恵理先生の見解に大賛成しつつ、

 山口一誠の私見を述べます。
「東洋医学として「鍼灸と漢方薬」の統一した理論が完成するのには、まだ先の時代に成ると 思います。しかし、その現実的運用は、今、現在でも可能です。」

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〔 参考:古典 著者 こーなー 〕
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「張仲景」(ちょうちゅうけい )名は張?(ちょうき)とも。(150年~219年)
著書:『傷寒雑病論』(「傷寒論」と「金匱要略方論」)
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劉河間(りゅうかかん)別名;劉完素(りゅうかんそ)(1120年~1226年)
金元四大家(きんげんよんだいか)金元時代の漢方医。日本の後世派に大きな影響を与えた。
金元四大家と言われる漢方医は劉完素、張従正、李杲、朱震亨。
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朱丹渓(しゅたんけい)(1281~1358)金元医学の集大成者
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李東垣(りとうえん)李杲(りこう)(1180年~1251年)により『脾胃論』に記された処方
「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を考えた。金元四大家の一人。
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〈 熱の発生 〉 P61上段 ~ P62より。解説

寒が外から来ると陽気(体温)が外に出れなく内に鬱し、これが伝わり熱になる。
寒、少なければ熱、中和するが寒盛んになるほど熱生じる。我々の体には適当な熱がある。
36度の人は36度、37度の人は37度、それが健康です。
それから上下する事、虚実という物です。
陰陽寒熱のバランスは、どれだけが良いのではなく平行すれば良いのです。
熱が寒に傷られても陽気が鬱しなければ良く、また外から寒邪が来ると内から押しのけようと
する。これが熱だとも言える。
熱が出るのが良い場合と悪い場合とがあるのです。
ここで云う寒散ずれば陽気もれ熱、自ら出ていく。
散ずるは瀉す事で、熱を瀉すのではなく寒を瀉すから熱が出て行くのです。
熱は体のエネルギー源です。 熱がなくなると人間は死ぬのです。
我々は熱を診て外邪を認めているのです。
だから瀉法に気をつけるのは外邪を取る為、熱まで取ったら駄目なのです。手法は瀉法は易(
やさ)しいが、結果として難しいのはこの為です。
補法は手法は難しいが、いくらやっても害にならないが、補法をやっているのに瀉法になって
間違ってくるのです。

〈 外邪を受ける者 〉 P62より。解説
いわゆる天疫流行して一時に感じる所の病は、老いも少き〔若者〕も無く、概ね似て来るものです。冬月(冬)に、道途(道を歩いていて)衝斥(寒さに中〔あた〕って)外邪はいつも〔存在しており〕寒さを〔感じるのは〕みな同じだが病気になるのは、体虚(体が虚している人)、労役の(疲れている人)が罹(かか)る。調護謹まず(体の護りを知らない人)がと二重に言っているのです。体虚、労役の人とは、自分で解れば疲れない方法を取るが、本当に虚してくると病気をしているのがわからず体の護(まも)りをしない。俺は大丈夫というのが危ない。働けば疲れるのが本当です。それが解らず風寒に傷(やぶ)られる。

〈 温病(うんびょう) 〉P62より。解説

〔風寒の邪に〕傷られた事が体内に隠れて外に現れず解らない。又、熱は我々の体を護り調和するエネルギー源ですが、あまり多く出ると〔人体〕の機能が消耗される。
冬に罹り解らないでいるか、熱の為に解らなくなり春に出てくる。
これを温病(ブラブラ病)といい、体が怠い、熱っぽい、眠れない、食べられない等、決められた病名ではなく症状的なものです。

P62下段より。〈 病位の症状 〉解説
傷寒がおこると証はどこに現れるか。陰陽表裏にある。病を受ける事、伝変することも色々あり一つではない。
その発するや、未だ頭痛、発熱、自汗、悪寒してそれより始める事はない。
太陽に発する時は、熱があって悪寒(さむけ)がする。
太陰に発する時は、悪寒だけで熱はない。
陽に発する時は、潮熱(潮(うしお)の様に時をして熱が上下する)、狂言(うわ言)の症が現れ、脉は、浮いて長い。
陰に伝わる時は、舌強張って語らず(喋れない)。手足厥冷(冷えて)、多くは自利(小便が 出すぎる)、その脉、沈で細。

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P63上段より。〈 病位と治療 〉解説
傷寒を治療する方法は色々あるが、須(すべから)く証を聞いて〔問診〕外を察し〔望診〕、
脉を切し(脉診)以て内を審(つまび)らかにすべし。

〔傷寒の邪が〕
表に在る時は汗を出させる。
上に在る時は吐かせる。上の意味は上(胸)中(腹)下(下腹)と考えればよい。
裏に在る時は下す。
半表半裏に在る時はに和解せよ。 此れ固に一定の法なりと。
ここで表とか裏とか半表半裏ですが、内外表裏の病位の考え方で―内(臍の下)外(胸郭)表
(皮膚)裏(上腹)の分け方です。

P63下段より。〈 伝変の期と治療 〉解説
これは傷寒論の少陽病と太陽病を一つにまとめ、傷寒論独特の治療の考え方です。
傷寒〔の邪〕を受け一日~三日の間は、病は皮膚に在るので麻黄、桂枝を使い、汗が出て脉、静かに成れば必ず治る。汗があったら桂枝を使い、麻がない時は麻黄を使う。
〔汗が出ている時は麻黄は禁忌です。〕

この方法は張仲景の論である。

病が起こり四日~五日の間は、病は胸郭(外)にある、胸郭に痰気が積もっているから胸苦しいので、爪帯豆(かていずし)で吐して癒る事ができる。
六日~七日の間は、病、腹(裏)に入り、胃に伝え臓腑が結燥(乾き)狂言(うわ言)潮熱( が出たり下がったり)〔する〕時は大黄、芒硝を使い下し治す、古今の方なり。」

P64上段より。〈 陰厥と熱厥 1〉解説
「総(すべ)て、この如く却って、病を得るの日(起こった日に)たちまち四肢厥冷(手足冷たく成る)これを、名ずけて陰厥〔いんけつ〕いう。
絶せんと欲する者は(意識不明で死にそうな時に)丹田(気海)穴に、灸すえればいよい。
又 を経だてて(暫くして)微厥して逆上(のぼ)せ発熱する者がある。これは熱厥といい、熱 甚(はなはだ)しく、舌黒く、鼻煤けた者は、胸を冷やすのが良い方法です。

P64下段より。〈 陰厥と熱厥 2〉解説
〔厥〔けつ〕とは、頭、顔、上部が逆上せ、手足が冷たく成る症状・・〕
―〔この厥〕の様にならないで、陽証に変ずる事あり、或いは胸や腹が非常に悶〔もだえ〕苦 む。牽引疼痛(引きつる様な痛み)、座臥安からず(座っても寝てもそうなる)、胃気、喘 する物は(腹の中でゼーゼーいう)即ち日数に拘(かか)わらず出来ない時は下すのがよい。

P64下段より。〈 陰厥と熱厥 3〉解説
病になり6~7日経ってくると大府結燥する(大便が停滞する)上に食する事能ず(食事が出来ない)。其の脉、細緊なる物は皆いわく下すべし。却(かえ)って頭痛、悪寒し頂上に汗在り(首から上に汗が有る)。或いは小便清利〔希薄な〕(小便が出すぎる)する事あり、即ち表証いまだ除かず(〔この時は病状がまだ〕抜けていない)、この時は発汗剤をやる。

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P65上段より。〈 逆治療と病証 1〉解説

裏冷え、表熱し、裏を救って後、表を治すべし。
これは薬でも鍼でも同じですが、
体の方を整えてから、外の証を取れという事です。陰を治療して陽を治療する。
汗するに下すとどうなるか。熱を裏に蓄えて?血と為り、キチガイの基になる。
結して痞(つかえ)となる。結胸となる(心下、緊満し痛む、胸が固くなり押すと痛み)石の如く手を近づける事が出来ない(押すと痛いので触れられない程度、痛い事)痞(つかえ)と いうのは固いが痛くない物。
証が同じ様でも薬は同じではない。
下すのを汗したらどうなるか。津液(しんえき)、枯渇(こかつ)する(体が乾く、又亡陽(腸が無くなる)、譫語(せんご)(声を発して力あり)を実となし、鄭聲(ていせい)(声を発するが力無く低い言葉)を虚となす。何れも言葉にならない、聞いた事に対する返事でなく、その場で必要以外のことを喋る事、鄭聲の方が重い。
若し吐すべきを温めたらどうなるか。毒氣、胃に欝結(うつけつ)し、斑点が出る。
其の色 、錦紋の如く鮮やかなる者は生く、黒き者は死ぬ。
証に望んで薬を用いよ。
若し其の陰陽を弁じ、伝変を観、審らかに行なわないと、こうゆう風な錯乱をおこす。
これを 、壊証(えしょう)傷寒という。
だからこそ証を診て下すべきは下し、汗する時は汗しなくてはいけない。
この様に傷寒といっても軽々しく行なってはいけないのです。

P65舌段より。〈 逆治療と病証 2〉解説

● 説明

病が治った後に、薬をやりたがるのを忌ましめている。「切に」(かりそめにも)「軽々しく補薬を用ゆべからず」傷寒の病症である、悪寒、発熱、痛みが治っても少し常のようでなく 、微熱、体が怠い、物に怯える、それを傷寒の薬だといって補薬を使うのは良くない。

● 傷寒の時代
オウジョウゲンが傷寒は時季の大病(寒に傷(やぶ)られるのは季節と関係がある)冬に寒に
感じ、春に起こられるのを温病〔ウンビョウ〕といい、
冬、寒に感じ、春を過ぎ夏に発熱が起こるのを傷寒と言っている。
現代の漢方家で傷寒論の古方派の人は、現代医学的に傷寒は熱病であり腸チフスみたいなもの
と言うが、私〔井上恵理〕は違うと思う。と言うのは現代医学の病名と、漢方医学を同じ様に考えると便利さの上に本質を見失う事がある。むしろ腸チフスは傷寒の一種で、傷寒は腸チフスではない。

傷寒論は傷寒だけを言っているのではなく、傷寒を中心とした病気の変化を説いている。

〔 傷寒論〕の中には、いろんな病症が含まれる。また傷寒論では外傷傷寒を言っているが、

〔経絡鍼灸家〕のいう外傷は、寒だけでなく、風、暑、湿、等もあるのです。

〔傷寒論は〕何故、寒を重視しているかと言うと、傷寒論は北京を中心とした北方医学を言い 、寒い所で寒に犯される人が多かったので、どうしても寒が中心になってくる。だから他の地 方に当てはめると無理があり、日本の温暖な所では、そのままでは無理なのです。

これは経絡治療にも言える事で、我々の東洋医学の原典は内経であるが、
内経の病症は、外か ら入る外因が中心で罹る人が多い。

あの時代は○化が無く、家屋も暖房も良くなく自然に生活している為、寒さ、霧、雨に犯され、それによる病気が多く、現代に比べ内因である精神的労傷が少ない、これは私有物が無いからです。文化的に為るのは1200年前後からで、非文化の場合、内因より外因が多いのです。天災の場合は悔しくても相手がいないので、内因が起こらない。

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P67上段より。 解説  ● 古典を現代に活かす。

所謂、傷寒という病氣に対し昔と今の違いがある。現代の病症と違うものがあるが、理論体系は、あの中に有るのです。傷寒論を読み、良く味わい、感じ、運用して自分の処方を、そこから発見するのが臨床家として大切な事です。

経絡治療を覚える事は、自分の手技、手法を活かす事を考えることで、
一本の道や線を行くのではなく幅があるのです。経絡も同じです。
経絡が線で、経穴が点だと考えるから、いろんな経穴が出来るのです。
その人には一点しかないが、人それぞれの領域が有り、隣接する経絡は重複してるのです。

経絡治療は、一つの方法ではなく、考え方も、手の感覚も、それぞれ違うものが、経絡治療の中で共に進んで行くのです。あまり型を決めると付いて行けなくなるので、自分に応じた方法 を経絡治療の中で見つけていくのです。しかし初めから自分勝手に決めない事、脉診より切診 ばかりやると違った方向に進む。望診、問診に囚われ過ぎると易の様になり、あてても治せな くなるので、最初は、真似(まね)から入って、そこから自分の型を決める。真似だけだと息 づまってしまいます。

P67下段より。 解説  ● 病は拗(こじ)らせない。

「房室、労傷、飲食過度を忌(いま)しめて、(も)し之に困って再作すれば、今だ治しか らず也。」
病気をした後に、房室(房事)、労傷(疲れ)、飲食の過度を戒める。
これは傷寒だけでなく全てに言える事です。若しこれにより再作(再発)すれば、これは治りにくくなる。 病気は一度起こったら拗らせないで治す事です。 鍼灸家の所に来る患者は医 者が拗らせているので治りづらい。我々の腕が悪いのではないのです。そう思う事です。

P67下段より。 解説  ● 傷寒と似ている四病症

「脚気、痰飲、食積、虚煩の四證に傷寒と相類する事、有るを致す。」
傷寒の病症のほかに、
①脚気、
②痰飲(水毒、経水の濁り)、
③食積(食物が消化せず胸の消化管に残る)、
④虚煩(疲れ、虚労)、この四症が傷寒と似ているので、之を審らかにすべし

「但し脚気と傷寒の違い、脚、膝が軟痛する」脚(足)、膝、軟痛(緩〔ゆる〕める途と痛い)これは虚痛、上がる時、力が入り膝が痛いのは実痛、下る時、力を緩め痛いのは虚痛、この虚痛が多く治りずらい。実痛は唯鍼を刺しても治るが、虚痛は刺しすぎると治らない。

①なんと無く重怠く軟らかい痛み、卒(にわ)かに立つと倒れる、これが脚気です。
②痰飲というの頭が痛まない、項(後頸部)強張らず(固くならない)。
③食積は体が痛まず、左手の脉(肝腎の脉)、平和である。
④虚煩は寒悪せず(寒気がない)、体の虚証、精神的、肉体的疲れ、体痛まず。

こういう違いがある。決して誤って、傷寒と治す事の無い様に。
「其の中(あた)る事、変容する事、止(ただ)一端に非ず。」
其の中る事(病気の変化した症状一つだけで決めない)、「茲(ここ)は、略(ほぼ)その説 を挙げて以て倉卒に備うるのみ」ここでは一つ挙げて簡単に言っておくが倉卒(慌て物)に備 えるのみだ(一言いっておく)、「其の詳らかなること當に仲景が論の中、千金、百問の内に 於いて之を求むべし。」

仲景論とは傷寒論でなく、「金匱要略」千金は千金方の事、
千金方や金匱要略の中で、百(た くさん)の問いがあるから、
その中から、これをもとめなさい。

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P68上段より。 解説  ● 傷寒と感冒。

「また感冒、あり、本(もと)傷寒と治証同一也」
感冒と傷寒は治し方が同じで、いずれも同じ寒邪を受けているが、但し軽重の別がある。重き ものを傷と為し、輕き者を感と為す。 感冒の中に、風(ふう)あり、寒(かん)あり。又詳 (つまび)らかに別つべし。風邪(ふうじゃ)を受けた軽いものを感冒という。これは千金方 では、感冒は皮膚に中る物全てをいう。
これは寒だけでなく風湿暑、全て皮膚に中ったものをいう、傷(しょう)とは経絡に中った物。中(ちゅう)とは臓腑に中(あた)った物で最も重い。

P68した段より。 解説  ● 風感冒と寒感冒。
感冒の中には、寒と風がある。寒に感じる時は、悪寒(暖まっても身震いする)面色暗惨し( 寒々として煤けた様な黒色)、項背拘急(こうはいこうきゅう)し(背中、項、固くつっぱる 、或いは頭痛、発熱、其の脉は、沈遅である。この時、五積散、?香正気散(かつこうしょう きさん)養胃湯(よういとう)を以てこれを表散する。
風に感じる時は、悪風(火の側では寒さ落ち着くが、風が吹くと身震いする)
顔色、光浮(こうふ:腫れた様な光沢あり)、体発熱し瘧(おこり)の如く、
鼻が塞がり、声重く(声が嗄(しゃが)れる)、時に清涕(せいてい:鼻水)、咳唾(咳と唾〔つば〕がでる)、稠粘(ちょうねん:唾が粘っこい)、其の脉、多くは浮数なり、當に十神湯、敗毒散を以て、之を治すべし。
或いは風寒、之を兼ねる時は、當に和解(わげ)の薬を用ゆべし、瀉法でなく補方を用いる。
體虚(体が虚している)の人が、熱があっても発散してはいけない(熱を下げてはいけない)。
瀉法の薬を用いない。瀉法すると別な病気になるが、これは後で述べる。

P68した段より。 解説  ● 補法と瀉法。
補法と瀉法の事ですが、脉が浮数で熱の時は、瀉法が常識だが、虚証の人の時は、脉が浮数で
あっても、力が無いので補方の方が無難なのです。
瀉法する時も、必ず体を補して、瀉法するのが原則です。
瀉法を先にやるのは、余程の実証の時です。
現在は虚証の人が多い。
病気は我々の体は、実証になろうとするが不養生で、実証になれない。
長引くのは虚証だからです。

【経絡鍼灸の原則:瀉法する時も必ず体を補法して瀉法するのが原則です。】
以上。

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2012.年 7月 吉日・・ 記載HPアップしました。

※ 詳しくは本文:「南北経驗醫方大成による病証論 井上恵理 先生 講義録」

発行:東洋はり医学会、をお読みください。

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