十、胸部の鍼灸治療
このコーナーでは臨床に直接役立つ経絡鍼灸の証決定・本治法・標治法の方法を述べます。
参考文献は、小里勝之(こさとかつゆき)先生の臨床発表「論考:身体各部の病症と経絡鍼灸治療」を
ベースにして、 ここに、『鍼灸重宝記』と、HPゆっくり堂の経絡鍼灸教科書を加えて構成します。
また、適宜、東洋はり医学会の臨床経験文を参考に考察を行います。
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鍼灸師の先生方のご意見・間違いの指摘・などを、当院へお送りくだされば幸いです。
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胸部の範囲: | 鎖骨窩で肋骨におおわれた部分を言い中に心臓、肺臓を蔵す。 |
胸部の経絡: | 任脉、胃経、脾経、肺経、心経、胆経。 |
胸部の病症: | 咳嗽、息切れ、喘息、動悸、肋膜炎、肋間神経痛、心臓病、乳の病。 |
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病の種類 | 特徴・弁証・治療方法 | 臨床経験では、 |
咳嗽 | 古書にも「声ありて痰なきは肺、痰ありて声なきは脾」と記されている。 俗に空咳は肺金であり、痰の多くでるは脾土としてみる。 |
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気管支炎 | 肺虚肝虚の相剋で、 急性病は必ず陽経に実邪または虚性の邪があるのでこれを処理する事。 慢性症になると虚性の邪か或いは経過が長引くと陽虚を起こし、陰陽共に補うことがある。 |
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息切れ | 肺気乱れて生ずるものであり、 動作時に生ずるものは、肺気の変動によるもので比較区的軽症である。 安静時に生ずるものは、心臓病を伴うものが多く脾虚を表し重症である。 |
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喘息 | 主証は肺虚肝虚の相剋が多く、脾腎の虚の場合もある。 発作時もしくは発作後1~2日を経過したものの陽経には虚性の邪がある。 しばらく発作のない時は陽経はかえって虚しており、陰陽共に補う証になっている。 |
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動悸 | 動悸は心臓自体のものと甲状腺の病やその他の臓器に関系するこのと、神経性心悸亢進等がある。 いずれも脾虚を中心に考え、重篤な場合は君火の虚とみることがある。 注意:動悸は数脉を提していても熱症では無いので速刺速抜や無謀な手法にならぬようにしなければならぬ。 |
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肋膜炎 | 乾性、湿性の肋膜炎は共に肝、胆経に関係がある病症である。 | 臨床経験では、肺肝か肝脾の相剋が多くみられる。 |
発熱、疼痛の病症の場合はもちろん陽経に邪があるが、慢性陰性症になると陰陽共に補う。 | ||
肋間神経痛 | 経絡の流注から側胸部は胆経、また脾経、心包経がめぐっており、 鎖骨窩は肺経の支配するところであるから、痛む部位を考え主証を立てる事。 |
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心臓病 | 心臓疾患は狭心症、心筋梗塞、弁膜症等種々あるが、 主な症状として心痛、息切れ、動悸、圧迫感、不安感、不整脈を訴える。 主に脾虚を中心に考えるが肺虚のこともある。 |
臨床経験では、 脾腎あるいは脾肝相剋や 肺肝相剋の場合がある。 |
乳の病 | 乳房は脾土の主るところで、主な病症として乳腺炎、乳汁るの不足がある。 | |
乳腺炎:脾虚陽実証として脾経を補い、胃経を瀉すのであるが、 | 臨床経験では、脾肝相剋証で胃経を胃経を瀉す。 なお、胃経の上巨虚もしくは下巨虚に反応ある時はこれに施灸すると効果てきめんである。 |
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乳汁るの不足: 産後間もなくは 肝虚脾虚の相剋が多い。 標治法として、太白穴を良く補うと良く乳が出るようになる。 なお、乳を分泌する時期を失ったものには無効である。 |
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症例 | 経過 | 主証決定、治療方法、その効果 |
症例1・ ♂59歳 作曲家医師診断名 心筋梗塞 |
数年前から、息切れ、動悸、圧迫感、がしばしば起こり、 首肩のこり、背の重圧感を訴えて来院。 病状は次第に悪化し発作はしばしば起こるようになっり、 ついには手仕事も出来なくなった。 |
主証:肺肝相剋証。本治法: 左太淵、太白、右太衝に補法。 標治法: 中府、膻中、腹部の散鍼、背部の肺兪、 肝兪、脾兪、の補鍼と肩、頸の散鍼を行った。 週2~3回の治療。 効果: 3ヶ月で発作は全く起きなくなり、 時々肩や頸がこる程度、週1回の治療を2年ほど継続中である。 |
症例2・♂24歳会社員 | 会社から帰宅途中、路上で急に 動悸がして 胸いきれし苦しくなり、 手足がシビレ動くことができなくなり、 救急車で病院に搬送される。3日間、種々検査受けるが異常ないとの診断、退院。帰途百メートルも歩かない内に再びもとの症状がでる。翌日来院。 |
主証:脾肝相剋証。 本治法: 左太白、大陵、右太衝、太谿に補法。 奇経: 右公孫、内関に圧痛著明なので 右公孫に5壮、内関に3壮の奇経灸 標治法:略。 週3回程20回治療した。 効果: この患者は最初5回はタクシーで通院したが、 6回目から電車に変えたところホームで 電車を待っていると不安感がわいて来て、 乗車すると動機し、不安感は一層ひどくなり、 ついに途中で下車する有様であったが、 これも次第にうすらぎ九分通り治まった。 以後は週1回に変えもっか30回、 諸症ほとんどなくなり継続中である。 |
症例3・♀35歳主婦弁膜症 | 1年前から時々結滞脈が出るので 病院でみてもらったところ弁膜症との事。 3ヶ月前、外出先で胸苦しく結滞脈がひどく 動けなくなって救急車で病院に搬送され入院。 2ヶ月で退院するも、結滞脈はしばしば起こり、 めまいし、心下満を訴え、 肩と背中が重苦しいといって来院。 |
主証:脾肝相剋証。 本治法: 右太白、大陵、左太衝、太谿に補法。 標治法:略。効果:: 週2~3回継続し3ヶ月で結滞脈その他の症状も全て無くなり、 2年余り経過するもすこぶる元気である。 |
心臓病の標治法:なお、いずれの症例もナソ所見の処理と心兪、肝兪、脾兪、風池を中心に散鍼を行った。 また、数多い症例中、脾腎の相剋もかなりあった。」 |
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ゆっくり堂鍼灸院の治療例です。 | ||
「 胸の痛み 」 短編小説「治療日記」風に書いています。 リンクしてご覧ください。 http://yukkurido.jp/shinkyu/tirei/ti020/ |
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・鍼灸師及び医療専門家の皆様に同一のものを経絡鍼灸の弁証法で掲載しています。 こちらのリンクからご覧ください。 http://yukkurido.jp/keiro/e1/e301/e3041/ 主訴「胸痛症の改善」「難経」第七十五難型・診断と治療の改善例(症例発表)。 |
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胸部の治療、『鍼灸重宝記』針灸諸病の治例より
特徴 治療方法、治療穴
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心痛 (むねいたみ)
心痛に九種あり。
虫痛、痛、風痛、悸痛、食痛、飲痛、寒痛、熱痛、去来痛也。
厥心痛は、寒邪、心包絡に客たり。
真心痛は、寒邪、心の蔵を傷る。
痛みはなはだしく、手足青くして、臂膝を過るは半日に死す。
▲胸の中、刺がごとくいたみ、手足ひへ、唇青く、脉沈なるに大谿に刺してよし。
▲胸中、満ふくれ、いきどをしく、缺盆より引つり痛み、死せんとするは、行間・尺澤に刺てよし。
▲胸つよくいたみ、死せんとするには然谷・湧泉に刺す。
▲神門・健里・大都・太白・中脘に撰刺。
▲灸は厲兊・鬲兪・肺兪・大谿・中脘・下脘・足三里。
中脘(ちゅうかん)胃経の墓穴・腑会・中焦の栄気 所属経絡:任脈・ 取穴部位:神闕穴の上4寸に取る.
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脇痛 わきいたみ
両脇痛は肝火盛に、本、気実するなり。
咳嗽して、いたみ走注し、痰の声あるは痰なり。
左の脇に塊ありて痛処を移さざるは死血。
右の脇に塊ありて飽悶するは食積なり。
肝積は左に在、肺積は右にあり。
【針】日月・京門・腹哀・風市・章門・丘墟・中瀆(ちゅうとく)・期門。
【灸】肝兪・絶骨・風市。
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中悪 (あしきものにあてらるる)
中悪とは人の精神衰へ弱して、鬼邪の気、卒に中るゆへなり。
其かたち、卒然として胸腹刺ごとく痛み、悶乱して死す。
あるひは吐血するもあり。
先、▲幽門・百会・関元・気海に灸し、安息香を豆粒ほど火に入、煙を呑すべし。
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健忘・怔仲(せいちゅう)・驚悸
精神短少なる者、心をもちゆることを過し、恍惚として、多く事を忘るるを健忘といふ。
怔仲(せいちゅう)は心中惕々として跳動す。
驚悸は驚怖して寧からず、人の捕んとするがごとし。
みな心脾の虚損なり。
或は、痰、心竅に迷て事をわするる者あり。
【灸】膈兪・肝兪・肺兪・脾兪・腎兪。
【針】神門・大陵・巨闕・上脘・三里。
寧[音]ネイ:安らかに落ち着いている。
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諸熱
五蔵の熱證。
肺熱すれば、皮毛熱し、喘咳寒熱す。
心熱すれば、脉熱し、煩熱、心痛し、手の中熱す。
脾熱すれば、肌肉熱し、夜はなはだしく、怠惰して、四肢収ず。
肝熱は、筋熱し、寅卯の刻はなはだし、脉弦にして、多く怒り、手足熱して、筋なゆる。
腎熱すれば、骨髄熱し、骨の中を虫くらふ、起て居られず。
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諸經の熱證。
面熱するは足陽明(胃経)。
口熱し、舌乾くは足少陰(腎経)。
耳の前熱するは手太陽(小腸経)。
掌熱するは手少陰(心経)。
足の下熱し、いたむは足少陰(腎経)。
身熱し、肌いたむは手少陰(心経)。
洒浙として寒熱せば手太陰(肺経)。
中熱し、喘するは足少陰(腎経)。
身前熱するは足陽明(胃経)。
一身熱し、狂乱し、譫言は足陽明(胃経)。
肩背・足の小指の外熱するは足太陽(膀胱経)。
肩の上熱するは手太陽(小腸経)也。
▲
晝熱(ちゅうねつ:中心)するは、熱、陽分にあり。
夜発るは、熱、陰分にあり。
晝夜同しく熱するは、熱、血室に入り、重陽無陰なり。
陰をおぎなひ陽を瀉すべし。
▲梁門・承満・天枢・気海、針いくたびも刺てよし。又、尺澤・委中より血をとる。
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癆瘵(ろうさい) きのかた
癆瘵の證(証)、ただ一端にあらす。
気體虚弱し、心腎を労傷してこれを得たり。
心は血を主り、
腎は精を主る。
精血かはき、相火たかぶりて、
咳嗽、吐血、遺精、盗汗、悪かん、発熱、五心煩熱、食少く、嬴れ痩、日脯にはなはだし。
此證、労虫ありて骨をくらひ、相傳て親類を滅すを傳尸と云。
▲梁門をめぐりて幾度も刺す。
▲患門・四花・膏肓・章門・気海・三里に灸。
嬴れ痩、嬴(えい)
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欝證(うつのしょう)
気血通和すれば百病生ぜず。
一つも結聚するときは六欝となる。
気欝は腹脇脹満、刺すごとく痛みて舒ず(じょず:続く)、脉沈也。
血欝は大小便紅に、紫血を吐き、いたみ處を移(かえ)ず、脉数墻なり。
食鬱は噯気(あいき:あくび)、呑酸、胸腹飽悶いたみ、不食、右脉盛なり。
痰欝は喘満気急、痰嗽、胸脇いたみ、脉滑なり。
熱欝は小便赤く渋り、五心熱し、口苦く、舌乾き、脉数なり。
湿鬱は身節走いたみ、陰雨に遇へば発り、脉濡なり。
▲膏肓・神道・肝兪・不容・梁門。
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咳嗽 (しはぶき せき たぐる)
咳は聲ありて痰なし、肺気やぶれて涼しからず。
嗽は痰ありて声なし、脾湿その痰を動するゆへなり。
あるひは風寒湿熱の邪に感じ、あるひは陰虚火動によつて労咳をなし、水うかれて痰となり、みなよく咳嗽せしむ。
肺兪・肩井・少商・然谷・肝兪・期門・行間・廉泉に灸し、すべて不容・梁門に針す。
▲肺咳は手大淵。
▲脾咳は足太白。
▲腎咳は足太谿。
▲多く眠るには三里。
▲面赤く熱咳には支溝。
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痰飮 (かすはき)
夫、痰は湿に属す。
津液の化する所なり。
痰の患たること、喘をなし、咳をなし、嘔をなし、暈をなし、
あるひは嘈雑(胸焼けのこと。)、怔仲(せいちゅう)、驚怖し、寒熱し、
痛腫れ、痞塞壅、盛四肢不仁し、口眼動き、眉稜・耳輪いたみ・かゆく、膈脇の間に聲あり。
あるひは背心一点氷のごとく冷へ、肩項いたみ、咽にねばり付て吐ども出ず、呑ども下らず。
みな胃虚して肺を摂することあたはず。
あるひは四気七傷に犯され、気塞り、痰聚りて然らしむ。
▲不容・承満・幽門・通谷・風門・膈兪・肝兪・中瀆(ちゅうとく)・環跳・肺兪・三里。
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咳逆 (しやくり)
しゃっくりは、気逆上衝して声をなす也。
又、胃火上衝して、逆す。
口にしたがひ膈より起るは、治し易し。
臍下より上るは、陰火上衝く、治しがたし。
▲期門に針し。脾兪・中脘・乳根に灸す。
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喘促 (ぜり、すたき)
肺虚寒の喘あり、
肺實熱の喘あり、
水気肺に乗じて喘し、
気滞り肺脹て喘し、
気急の喘、
胃虚の喘、陰虚、気虚、痰喘、其病を受ること同からず。
【灸】中府・雲門・天府・華蓋・肺兪。
【針】中脘・期門・章門・肺兪。
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膈噎 翻胃 かく
憂思、労気より生ず。
噎とは、食飲くだらずして噎る也。
膈とは、喉のおくに何やらさはり、吐ども出ず、呑ども下らず。
痰欝によつて気欝す。食をそのまま吐逆す。
翻胃は、朝食する物を夕に吐し、夕に食して晨に吐するは、病ふかくして治せず。
▲天突・石関・三里・胃兪・胃脘・鬲兪・水分・気海・臆譆・胃倉。
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傷寒并熱病 ひへにやぶらるる
冬月、風寒に傷られ、寒極て熱となり、すなわち冬の中に病を、正傷寒という。
寒毒、内に蔵れて、春に至て発るを温病といひ、夏に至て発るを熱病と云。
汗なきを傷寒とし、汗あるを傷風とす。
▲初め一二日。頭痛、悪かん発熱、身いたむ者は、病、足太陽の經にあり。発散すべし。
▲二三日。目疼み、鼻乾て、眠ることを得ざるは、足陽明の經にあり。解肌すべし。
これまでを病表にありとす。汗すべし。
▲三四日。耳聾、脇いたみ、嘔して、口苦、寒熱往来(悪かんと発熱とかはるがはるおこる)するは、病、足少陽の經にあり。
これを半表半裏にありといふ。和解すべし。汗、吐、下すことをいむ。
▲五六日。脉沈、咽乾き、腹みち、自利は、足太陰の經にあり。是より裏に入とす。
▲六七日。口噤み、舌乾き、譫語は、足少陰經にあり。
七八日。煩満、嚢ちぢまり、脉沈濇は、足厥陰にあり。みな下すべし。
▲汗出ず悪寒せば、玉枕・大杼・肝兪・陶道。
▲身熱、悪かんせば、後谿。
▲身熱、汗出、足冷は、大都。
▲身熱、づつう、食下らずは、三焦兪。
▲身熱し、頭痛、汗出ずは、曲泉にとる。
▲熱進退、づつうせば、神道・関元・懸顱。
▲背悪寒し、口中和するは、関元に灸す。
▲風を悪まば、まず風池・風府に針して、桂枝湯・葛根湯をもちゆべし。
▲汗出ずは、合谷・後谿・陽池・厲兊・解谿・風池。
▲身熱し、喘は、三間。
▲餘熱盡ずは、曲池。
▲陽明の病、下血、譫言、頭汗は、期門に刺。
▲太陽少陽の并病は、肺兪・肝兪。頭痛は、大椎。冒悶して結胸の如なるは、大椎・肺兪・肝兪に刺すべし。
▲煩満、汗いでずは、風池・命門に取る。
▲汗出、寒熱せば、五處・攅竹・上脘を取る。
▲煩心、よく嘔せば、巨関・商丘にとる。
▲吐利、手中熱、脉至ずは、少陰太谿に灸す。
▲嘔吐は半表半裏にあり、厥陰に灸(五十さう)。
▲欬逆せば、期門に刺すべし。
▲胸脇満、たわことを言には、期門に刺す。
▲小腹満、腹痛ば、委中・奪命の穴に刺す。
▲腹痛み、冷結久して、気、心に冲て死せば、委中に刺すべし。
▲陰証、小便通ぜず、陰嚢縮り入、小腹痛、中死せんとする者は、石門に灸すべし。
▲六七日。手足冷、煩躁せば、厥陰兪に灸す。
▲少陰、膿血を下すは、少陰太谿に灸す。
▲七八日。熱さめ、胸脇満、譫言は、期門に刺して、甘草芍藥湯。
もし愈ずは、隠白に刺。▲結胸は心満堅く痛む、期門・肺兪に刺。
▲熱病、汗出ずは、商陽・合谷・陽谷・俠谿・厲兊・労宮・腕骨に刺すべし。
▲同、熱度なく、止ずは、陥谷に刺すべし。
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